なぜ、手懸かりのない青空へ




なぜ、手懸かりのない青空へ
かぼそい指をのばしてゆくのか
流産しつづける時間を
うそをつくかのようにためらいがちに
なぜ、壁へ書きつけてゆくのか
真向かいに手を翳して
立ち止まり、またひとつ、

言葉を埋めた
一日が死に
また一日が死んでいくのだとしても、
かりそめの食べ物をわけあいながら
なぜ、砂を踏みしめてゆくのか
地上には残らない足跡を
ひかりと風のなかに手放そうとして、

あなたの臓腑は狂おしく、ひらく
銃声を想像せよ、
殺される側ではなく殺す側の声を
あなたはいつもその叫びそのものだ
川のなかへ自殺する石たちの、

投げかけた波紋の
ひとつひとつに、
あなたは手をひらいて沈んでいく
なぜ、もはや届かない水面へ
のびていこうとするのか
年代記の一頁が白紙のままに繰られ
もう一頁が繰られていく
白い机上
世界にはなにものこらない、
なぜ、手懸かりのない青空へ







   消息



 晴れたら、

 浜辺の曲線をねじるようにめぐり、

 あの日、

 砂漠へ、

 とつぶやいていたきみのことを思いながら、

 ひいていく潮を、浜昼顔に待たれながら、もはや帰っ
てこないものがあり、

 かりそめの城にて、おかしいくらい酔っていたから、

 いつの間にか仲間のうちの誰かが波にさらわれて死ん
でしまっているんじゃないかって、
                そう言って笑いなが
ら、濡れた手紙をそのまま潮風にさらして、
                    きみの髪も、


 lamentabile,

「今この場所で、この瞬間にも、キリストは死んでいっ
てるんだ。ここだってゴルゴダの丘になりうるんだよ、


 ぼくの書いた曲はどれもきみの気に召さなかった、唯
一、葬送のように重々しいピアノ曲を、いいと言ってく
れた、そこにはぼくがほんとうに表現したいものがある、
と、
  きみは手紙のなかでぼくのことを「あなた」と呼ん
でいたが、実のところいったい誰を見つめていたのだろ
うか、
   離してくれ、
         きみは悟っていたかもしれないが、
ぼくはいつの間にか、時折痛むきみの声のなかから戦争
の響きを聴き取るようになってしまって、
                   きみの声すべ
てが、緊急メッセージだった、遠くから、しかしはっき
りとこだまするその響きは、きみの向こうにある無数の
生と死をいつも思わせた、ぼくは沈黙せざるをえず、
                        こ
れから何十年かが経って、まだ、いくつかのことを覚え
ていられればいい、お互いに泣きながら話をしなければ
ならなかったこと、きみがぼくを殺したいと言ったこと、
いや、そんなことより、きみは、いくつかの言葉を教え
てくれた、ぼくの世界になかった言葉を、


 lamentabile,

 では、ここだってきみの聖地となりうるのだ!


 風。

 酩酊のあまり、踏みつけてしまった、ぼくたちの城を、
もう一度踏みつけて、うなれ、
              砂漠へ、とつぶやいてい
たきみのことを思いながら、満ちつつある潮に封筒をひ
たして、いまこのまま送り出すから、
                 果たして、果たさ
れたものはあったのか、契った身体を脱ぎ捨てるように
きみは、
   あのバスク語の歌をぼくにもう一度教えてくれ、
一度は死にかけた土地からふたたび立ち上がった言葉を、
ぼくはそこから歌いだそう、
             詩が止まらないのだよ、口
のなかに夏がいっぱいに満ちても、声は砂のうえを駆け
ていき、三月、舞台のうえを走っていった人々も、かつ
ては海に生息していたのかも知れなかった、
                    そして、い
つの間にか仲間のうちの誰かが波にさらわれて死んでし
まっていたのかも知れなかった、
               いつの間にか仲間のう
ちの誰かが波にさらわれて死んでしまっていたのかも知
れなかった、そして、
          誰かが波にさらわれて死んでしま
っていたのかも知れなかった、
              いつの間にか、そして、
手紙は、濡れていて。


 きみの髪も。

 lamentabile,

 四月、砂漠へと。









   場所、誰も知らない




そこには鳥が水を飲みにやってくる
切り取られたあとの叫びのように
そこには割れた窓が壁をなくしたまま転がっている
決して手をつなぐことのない親子のように

そこからふたりの影が立ち去っていく
おかされつづける国境のように
そこから静かな銃声が聞こえてくる
抵抗の歌よりも遅いtempoで

そこへ流し込まれるものがある
嬰児の産声に満ちた部屋から
そこへ投げかけられるまなざしがある

あなたのかぼそい指先の
そこでひらくものがある
砂漠に綴られた永遠の水平線のように