典拠:Guarini, Battista. Il pastor fido. a. c. di Elisabetta Selmi, introduzioni di Guido Baldassari. Venezia: Marsilio, 1999.
訳者名:原口昇平(連絡先)
最終更新日:2011年7月11日 ※引用の際 典拠、訳者名、URL、最終更新日を必ず明記
忠実な牧人 (1590)
バッティスタ・グアリーニ
目次
序詞(翻訳中)
1幕
1場(翻訳中)
2場
3場
4場
5場
2幕(翻訳中)
1場
2場
3場
4場
3幕(翻訳中)
4幕(翻訳中)
5幕(翻訳中)
1幕2場 ミルティッロ、エルガスト
ミルティッロ むごきアマリッリよ、その名をもって
ああ! 苦々しくも愛することを教えてくれたあなたよ
アマリッリよ、純白のモクセイの花よりも
いっそう白く美しく、 275
しかし陰険な毒蛇よりも
さらに陰険で残忍で捕らえがたいあなたよ。
話しかければあなたの気を害してしまうから
私は黙って死んでいくことにしよう。
だが私に代わって野山が叫んでくれるだろう 280
この森もだ、ここで
私は何度もあなたの麗しい名を
こだまさせて教え込んだのだ。
私に代わって泉が涙しながら
風がささめきながら 285
私の嘆きを告げてくれよう。
哀れみと苦しみが
私の表情となって話してくれるだろう。
たとえ他のすべてのものが黙してしまっても、ついには
私の死が語りかけるだろう、 290
死があなたに私の受難を伝えてくれるだろう。
エルガスト ミルティッロよ、アモールは古来常にむごき苦しみだった、
しかも秘められるほどにその苦しみは増すのだ。
アモールは、愛を語る舌を
結わえるはみによって 295
力を得て、前に進んでしまうのだ。
解き放たれぬ囚人はいっそう凶暴になるものだ。
きみはかくも永きにわたって
自らの燃え立つわけを私に隠しておくべきではなかった、
きみはその炎を私に隠しきれなかったのだから。 300
私は何度も言われたよ。ミルティッロは燃えているな、
だが秘めた炎のなかでただ身を焦がし、黙り込んでいる、と。
ミルティッロ 私はかつてあのひとを傷つける代わりに自らを傷つけたのだ、
親切なエルガストよ、そしてこれからも黙っているつもりだったのだ。
けれども私が隠せずにいられなくなってしまったのも仕方がない。 305
そこかしこでこんなささやきを私は聞いてしまった。
そのささやきは私の耳を通ってわがこころを傷つけるのだ。
いわく、アマリッリの結婚式が近く行われるという。
ところがそう噂する者はその他のことを一切語らないのだ。
私もそれ以上立ち入って尋ねることはできなかった、 310
私に関する疑いを誰かに与えたくはないし、
私の恐れていることが何か知られたくなかったからだ。
よくわかっている、エルガストよ、アモールも私を欺いたりしない、
取るに足らぬ私のみじめな運命にとっては
こう望むことはいつだって決して許されないのだ 315
あれほどしとやかであれほど愛らしく
血筋も魂も容姿も
まことに神々しいあのニンファが、私の花嫁となればよいなどと。
わが命運ならばよくわかっているのだ。
ただ燃え立つためだけに私は生まれた。わが運命は 320
わが身を焦がすばかりで、私を喜ばせるようにはできていない。
然るに、私が生ではなく死を愛することになってしまうのも
神意だというのならば
願わくは、どうかせめて、あのひとに
死を乞われることによって、あのひとのために死んでいきたい、 325
せめてあのひとがいやがらずに、いまわの際に
あの麗しい両の瞳を私に向けて言ってはくれまいか、「死んで!」と。
どうか、あのひとが他の男に結婚という至福を与えるよりも前に
私のそんな願いをただの一度でも聞き届けてくれまいかと
私は願っているのだ。さあ友よ、きみが私を愛していて 330
私のことを哀れんでくれるなら、身を尽くしてくれ、
このうえなく親切なエルガストよ、私を助けてくれ。
エルガスト それはまさしく恋する者の望み、死のうとする者の
ささやかなほうびだ、しかし骨の折れる企てだ。
彼女が人知れぬ願いを一度でも聞き入れたことが 335
彼女の父の知るところとなれば、あわれ彼女は
花婿となる者の父たる司祭から
そのことで非難されるだろう。
こうしたわけできっと彼女はきみを避けるのだ、またおそらくは
きみを愛していたとしてもそれを見せないだろう。というのも女性は 340
願うことにかけてはわれらよりももろく、
しかし、願いを隠すことにかけてはわれらよりも巧みだからだ。
たとえほんとうに彼女がきみを愛していたとしても、
きみを避ける他にどうすることができるだろうか?
助けることのできない者はむなしく聞いているしかない、 345
他人を苦しめずにとどまりえないならば
あわれみをもって逃げるしかないのだ。
手に入れられぬものはただちに手放すこと、それが賢明だ。
ミルティッロ おおそれが叶うならば、また私がそう思いこむことができたならば、
わが苦悩など愛おしいものだ、わが煩悶など幸運だ! 350
けれどもきみが天意をよく心得ているのならば、親切なるエルガストよ、
私に向けて口を閉ざすなかれ。われわれのなかで
星々を味方につけたかくも幸福なる牧人とはいかなる者だ。
エルガスト シルヴィオだ、すなわち
ディアナに仕える司祭モンターノの一人息子だ、 355
こんにちかくも有名な、恵まれた牧人をきみは知っているだろう。
かくも優美なあの若者だ、あの男こそその当人だ。
ミルティッロ なんと幸運な少年よ、おまえは薔薇色の未来を
あれほど未熟な年齢にして目の当たりにするのだな!
私はおまえをうらやみはしないぞ、ただわが未来を嘆くばかりだ。 360
エルガスト まことに神々も彼をうらやみはしまい。
ねたみなどよりも、あわれみこそがふさわしい。
ミルティッロ なぜあわれむ?
エルガスト 彼が彼女を愛していないからだ。
ミルティッロ それでも命ある者か? 心ある者か? やつの目は節穴か?
もっとも、私が正しく見えているならば、 365
他の心ある者たちにとって
彼女への炎はもはや消えているのと同じように、私のこころのなかでも
あの麗しき両の瞳によって
炎は、愛はすっかりかき消されていただろうけれども。
それにしても、なぜ、かくも尊い喜びを知らず 370
蔑むような者に対して、その喜びが与えられるのだ。
エルガスト それはな、天がこの結婚によって約束しているからだ
アルカディアの平安を。それではきみは知らないのか、
ここでは毎年ひとりのニンファのけがれなき血が、
痛ましいいけにえとしてあの偉大なる女神に 375
捧げられているということを。
ミルティッロ それは聞いたことがなかった、はじめて知ったよ。
なにしろ私がここの住人になってまだそう経っていないものだからな。
アモールの欲する限り、わが運命にしたがって
私はこの森で暮らしている。 380
しかしいかなる罪がかくも重い報いを求めるのだ?
天のみこころはどれほどの怒りを抱いているのだ?
エルガスト あわれなわれらの苦悩の歴史を
その発端からすべてきみに語ろう。
その歴史というのは、ひとの胸のうちばかりでなく 385
この堅き樫の木にさえも涙と憐憫を呼び起こすほどのものだ。
あのころ、聖なる司祭の仕事も、
神殿の守護も、たいしたことではなかった
あの若き司祭にとってはな、
高貴な牧人で、名をアミンタと言った、 390
この当時の司祭は、ルクリーナというニンファに恋をしていたのだ、
そのニンファは、驚くほどしとやかで美しかったが
また驚くほど節操がなく軽薄だった。
ルクリーナは実に長い間、
偽りの不実なうわべによって、 395
恋する若者のけがれなき愛情をもっているふりをしては
また同じように偽りの希望をアミンタに育ませていたのだ、
あわれ、恋敵のいないのをいいことに。
しかしそうすぐにというわけではないが(気まぐれな女!)
素朴な牧童は彼女を見て知ってしまった、 400
彼女はかつてのまなざしを、かつてのためいきをもうもっておらず、
そして、アミンタが警戒しはじめるよりも前に
彼女は新たな恋にすっかりふけっていたのだ。
あわれなアミンタ! それからというもの彼は
蔑まれ、避けられた。話を聞かないどころか 405
会おうともしないほとだった、よこしまなルクリーナは。
気の毒なこの若者がどれほど涙し、どれほど嘆息したか、それは
体験を通じて愛を知っているきみの考えるとおりだ。
ミルティッロ ああ! その悲しみにまさるものはない。
エルガスト そして、心をなくしたために 410
望みもなくし、訴えだけが残った。
アミンタは大いなる女神にひざまづいて祈った。彼は言った、
どうか、けがれなき心で、チンツィアよ、どうか、
無垢なる手で、私はあなたに火を点けたのですから、
美しくも不実なニンファの裏切りに 415
どうか報いをあたえたまえ、と。
そんなやさしき司祭の、こころからの祈りと嘆きを
ディアナは聞き届けた。
哀れみながら怒りをたぎらせ、
侮蔑をますますあらぶらせた。そしてディアナは 420
強壮な弓をとると、あわれなアルカディア人たちの
胸に、死を免れえない
見えない矢を放ったのだ。
情けもなく、救いもなく、ひとびとは死んでいった。
性別、年齢問わず、すべてのひとびとが、だ。 425
対策は実を結ばず、逃げるには遅く、
ひとのわざは役に立たなかった。しばしば、
病人よりも先に、処置をしている医者が死んでいったほどだ。
これほどの災禍にあって残された希望は
唯一、天の助けのみだった。間もなく 430
ひとはもっとも近い神殿で神託を乞うたところ
きわめて明解な答えが出た、
けれどもそれは恐るべき、不吉な方法についてのものだった。
「チンツィアは激怒している、その怒りを
鎮めるためには、ルクリーナすなわち 435
あの不実なニンファか、もしくは彼女の代わりに
われらのうちの他のニンファが、偉大な女神に
アミンタの手で生贄として捧げられねばならない」
ルクリーナは、むなしく涙を流し、
新たな愛人によって助けられることをむなしく待ち望みながら、 440
荘厳な行列に連れられて
聖なる祭壇で痛ましい生贄とされた、
その場所で、かつてあれほどむなしく追いかけてきたあの
自らの裏切った愛するひとの両足のもとに
ルクリーナはとうとうひざを屈して 445
若くしてむごき死を待つことになってしまった。
アミンタは恐れもせずに聖なる剣を握りしめた。
紅潮した顔からは
怒りや復讐心が消えてしまったようだった。それゆえに
彼女に向かって、嘆息とともに死の宣告を下したのだ。 450
「おまえの悲惨の代わりに、ルクリーナよ、しかと見よ、
おまえがいかなる愛人を追い、いかなる愛人を放り出したか、
それをこの一撃でとくと見よ」 そう言って、
自らを刺すと、自らの胸に剣をすっかり
突き入れてしまい、青ざめてルクリーナを抱きしめ 455
生贄も司祭もひとつとなって倒れ込んでしまった。
かくもむごき、かくも前代未聞の光景のせいで
あわれな娘は自らの生死も知らず
自らを刺し貫いたのが
剣なのか悲しみなのかもわからずにいた。 460
しかし、かつてのごとき声と感情を取り戻すと、
涙を流してこう叫んだのだ。「おお誠のひと、毅然たるアミンタよ!
おお私は愛するひとを知ったが、あまりにも遅すぎた、
あなたは死にゆくことで私に生も死も与えたのだ!
あなたを置き去りにしたことこそ私の罪、いますぐ 465
あなたと魂を永遠にひとつにすることでその罪をあがなおう」
そう言って、まだなま暖かい鮮血に
まみれているその剣を、
愛するひとの胸から引き抜くと、
自らの胸を刺し貫き、虫の息だったアミンタのうえに 470
倒れたのだ、おそらくはその声が聞こえたのだろう、
アミンタは腕のなかにルクリーナの身体を受け止めたのだった。
愛する者たちはかような結末を迎えた。過ぎたる
愛も不実もともに同じ悲惨へと至ったのだ。
ミルティッロ おお哀れな牧人よ、けれども彼は幸運だ、 475
自らの死によって、自らの誠を示し、
他人のこころのなかにあわれみをかきたてるだけの
かくも惜しみなく広い度量を持っていたのだから!
けれどもなぜその後もひとびとは死につづけたのだ?
不幸は終わりをみたのだろう? チンツィアは鎮まったのだろう? 480
エルガスト 怒りは殺がれたが、消え去りはしなかった。というのも
次の年、同じ季節、
いっそうむごく荒々しく
怒りは猛威をふるったからだ。そのため新たに
神託を乞うたところ、 485
ひとびとは最初のものよりもさらに
厳しく痛ましい答えを受け取った。
「毎年、怒れる女神に
処女もしくは婦人をいけにえとして捧げよ、
十五歳以上、かつ二十歳を超えない者をだ。 490
多数の者から選ばれたかようなひとりの女の血が
女神の怒りをやわらげうるであろう」
神託は不幸な性別になおも
たいへん過酷な、またその本性を
よくかんがみるに遵守しがたい掟を課した、 495
血によって記された掟だ。「だれであろうと
婦人もしくは少女は愛の貞操を持て。
それが汚されたか破られたかしたならば、
誰かがその者に代わって死なない限りは
その者は容赦なく死によって罰されるだろう」 500
かくも恐ろしく重々しい
われらのこの災いを、善良なる父親は
待望された結婚によって終わらせたいと願っている。
そこでずいぶんと時間が経ってから
神託をふたたび求めた、いかなる終わりを 505
天はわれらの害について定めたまうかということについてな、
すると天はかの声のなかでまさしくこう予言したのだ。
「天の子孫ふたりが愛を結びあわずに
傷つける限りはその不幸に終わりは来ないだろう、
不実な女のかつての過ちを 510
あがなうのはひとりの忠実な牧人の高潔な慈愛である」
さてアルカディアにおいて今日、
天の始祖の末裔といえば
シルヴィオとアマリッリをおいて他にはいない。
前者は牧神パンの、後者はアルチーデの子孫だ。 515
かつてわれらの災いのために
その二つの血統の男と女とが
交わったことは無かった、むしろそれだから
モンターノが望みを抱くのも大いにわけがある。
そして、もっとも、神の返答がわれらに約束するところのことは 520
まだすべて出尽くしてはいないのだが
それでもこれが出発点だ。
神意は自らの深淵のなかにその残りを隠している。
この結婚の行われる日にそれは明らかになるだろう。
ミルティッロ おお不幸であわれなミルティッロ! 525
かくも凶暴な敵、
多数の武器と多数の戦いが
瀕死の心に対するというのか?
アモールだけでは足らず
神意までもが私に対して武器をとっているのか? 530
エルガスト ミルティッロよ、むごきアモーレは
涙や悲しみを糧とするが、決して
飽きはしないのだ。
行こう。約束するよ、
きみのために私のありとあらゆる才知を働かせよう、 535
かの麗しきニンファが今日こそきみのことばを聞き入れるように。
きみはそのあいだに落ち着きたまえ。
きみの思いに反して、
この焦がれる嘆息は
心の涼風とはならない。 540
むしろただちに激烈な風となるだろう、
それは愛の嵐をともなって
火災のなかへ吹き込み、ますます燃え立たせるのだ。
その嵐はいつも、恋い焦がれた哀れな者のもとへと
苦悩の黒雲や、涙の雨をもたらすのだ。 545
1幕3場 コリスカ
コリスカ 誰が見たかしら、誰が聴いたことがあろうかしら、
愛の情熱よりももっと奇妙で、無謀で、尊大で、
はた迷惑なもののことを。愛と憎しみは
かくも素晴らしくしっかりとひとつのこころのなかで混ざりあい、
うまく言い表せないけれども、苦しめあい、せめぎあい、 550
お互いからお互いが生まれ、お互いがお互いによって死ぬ。
私はミルティッロの美貌に見とれてしまっている、
優美な足から雅やかな顔立ちまで、
愛おしいその物腰、麗しいその姿、
その行い、そのみだしなみ、その話しぶり、そのまなざし、 555
アモールは実に力強い炎とともに私を責め立てる、
そのせいで私はすっかり燃え上がってしまって、この感情が
他のあわゆる感情を超えて勝ってしまったかのようだ。
けれども、ミルティッロが他の女に粘り強く愛情を
抱いていて、また彼がその女のせいで 560
私を気にかけず、言ってみれば
幾千の心を屈服させてきた私の名高い美しさ、
熱望させてきた愛らしさを蔑んでいることを思うと、
彼のことがたいそう疎ましく、ひどく憎らしく、いとわしくなる、
それも、彼のせいで私のこころに愛情の炎が 565
燃え上がっているなどとはとうてい思えないほどに。
時折私はこころのなかでこう考える。「おお、いと甘美なる
ミルティッロを私こそが味わい尽くせますように
彼がすっかり私のものになってくれますように、そして
他の誰も彼を味わえませんように、おおそれが叶うならば他の誰より 570
コリスカは恵まれた幸福な者となるでしょう!」
するとその瞬間に私のなかに彼への
たいそう甘く優しい欲求が湧きおこるので
彼を追いかけ、彼に願い、さらには
彼に胸のうちを打ち明けるようと決意するほどになる。 575
さらにはどうなるか? 欲望が私をたいそう突き動かす、
そのせいで、ことによると、私は彼を激しく求めてしまうかもしれない。
一方、私はわれにかえってこう言う。
「彼は引っ込み思案? 偏屈なの? みくびっているの?
他の女を愛していられるの? 580
厚かましくも私を眺めていながら、私を崇めないというの?
私に向き合わずに身を守っているのは
愛ゆえに死ぬことのないようにしているからなの? そして私こそは、
他の大多数と同じように彼を見ていなければならないから
祈りながら涙ぐんで自分の足下を見ているというの、 585
それなのに彼は祈りも涙ぐみもせず
自分の足下を見ないでいられるの? ああ、そんなはずはない!」
そしてこう考えながら、彼に対する怒りと、
彼を追いかけようなどと思いを巡らせ、彼に見とれて
視線を巡らせるこの私自身に対する怒りを自覚するせいで、 590
ミルティッロという名前と私の愛とを
死ぬほど憎むようになって、彼が生ける牧人のなかでも
もっとも悩み苦しんでもっとも不幸な者になったところを
見てやりたいと思うようになってしまう。そして、あろうことか、
この私自身の手で息の根を止めてやりたくなってしまう。 595
このようにして軽蔑と欲望、憎悪と愛は
私に戦いをしかけるのだけれど、この私が、
ここに至るまでずっと、幾千ものこころの炎であり、
幾千もの魂の苦しみであったこの私が、焦がれ、やつれ、
他の者たちの苦悩を私の不幸として経験しているのよ。 600
私は、長年、あかぬけた、優雅で愛嬌もある立派な
恋する者たちの群がりのなかでいつも
打ち勝ちがたい存在だった、そうした者たちの
ずいぶんな期待や欲望を嘲笑したものだった、
なのにその私がいまや、田舎じみた愛、臆病な恋する者によって、 605
あの無作法な牧人のとりこになって、負けてしまっている。
おお他のどんな女よりもあわれな者、コリスカ、
それはあなたのことよ、もしも
愛する者を手放すはめになってしまったなら。どうすれば
あなたはこの愛の嵐を和らげられるかしら? 610
わが身をもっと思い知りなさい、今日あらゆる女が
愛する者たちを大切にしては肥やしにするのよ。
仮に私がミルティッロの愛より他に
よきなぐさめを持たないのであれば、
私は美貌をうまく育めないのではないかしら? おおきわめて 615
軽率な女よ、たったひとりの愛も
得られぬほど落ちぶれるままに捨ておかれるとは!
このコリスカほど間抜けな女はもはや二度とあらわれないでしょうよ。
貞節って何? 操って何のこと? あなたがたが真に受けているのは
やきもちやきのつくりごと、純朴な小娘たちを 620
あざむくための実体のないお題目よ。
女というもののこころにある貞節にしても、あるいは誰か
特定の女のにしても、私の知ったことじゃないし、周知のとおり
そんなものは長所でも、美徳でもない、それはむしろ
愛の厳しい欠乏であり、敗北した美しき女の 625
不幸な掟であって、それを求めるのはある種の男だけ、
そんな掟が大勢に受け入れられるわけないもの。
美しく、気高い、立派な恋する者たちの
おびただしい群れを強くひきつけるほどの女が
もしもたったひとりの男に満足して他の男たちをものともしないなら 630
そんなやつは女じゃないか、たとえ女だったとしても、間抜けよ。
誰にも見られない美しさに何の価値がある? たとえ見られるにせよ
ひとをひきつけないなんて。それとも、ひきつけたとしても
たったひとりだけなんてね。恋する男どもが
足しげく通いつめれば通いつめるほど、あこがれればあこがれるほど 635
その女はこの世で誉れ高く希有な存在であるということについて
ますます確実で信頼できる証を得るのよ。
美女の誉れと輝き、
それは愛人をたくさん持つこと。
街にいる抜け目ない女たちだってそうしてるんだし、 640
もっとも美しい女たち、もっとも偉大な女たちならいっそうなおさら。
恋するひとりの男を拒むこと、さらには恋する男たちを拒むことなんて
罪であって愚行よ、ひとりの男を
拒めないでいながら多くの男たちを拒むことも同じ。
他人に仕えること、与えること、役に立つこと、それはいいこと。 645
私の知ったことではないけれど、ある男が
他の男のもたらす嫉妬を振り払ったり、
かつてないくらい嫉妬をかきたてられたりするのは、よくあること。
街ではそんなふうにして愛らしく気品ある女たちが
生活している。そこで私は、 650
偉大な女性の知恵や過去の行いから、
恋人をよく愛するわざを学んだ。
「コリスカ、」と彼女は私に言った、「ひとは
衣装と同じくらい恋人をつくりたがるものよ。
たくさん持ち、ひとつ楽しみ、たびたび取り替えること、 655
なぜって長いお付き合いは退屈のもとだから
そしてついにはその退屈は侮蔑と憎悪を生むからなの。
女にとってこのうえなく悪い行いといえば、恋する者に
興味を失わせるままにしてしまうこと。相手があなたを、ではなく
あなたが相手をうるさがったから相手が離れるというようになさい」660
私はいつでもそうしてきた。私は彼女のまねをするのが
大好きだ、男たちを引き留めて、いつも
片手にひとり、片目にひとり男をはべらせている。
誰よりも優れていて心地よい男はこの胸のなかに。
そしてできれば、こころのなかには誰もいないように。 665
でもどうしてかわからないけれど今回は、ああもう! こころのなかに
ミルティッロがたどりついてしまった、彼があんまり私を苦しめるから
私はひどくためいきをつく、もっと悪いことに
それは私のためいきなのだ、他人の間違いではない。
四肢を休息へ、両眼を眠りへと 670
連れ去りながら、私もまた夜明けを待ち望んでいるようだ、
あまり落ち着きのない恋人たちの
このうえなく幸福なときのことを。ほら、いまや私は
この薄暗い森を通っていきながら
憎らしいわが甘美なるあこがれのひとの足跡を探し求めている。 675
それでどうしようというの、コリスカよ? 彼に願いを告げるの?
いいえ、私がそう欲しても、憎悪がそう欲さない。
彼を避けようかしら? そんなことをアモールが認めるわけがない、
あなたがそうせざるをえなくなるとしても。それではどうするの?
まずは媚びてお願いしてみて、 680
愛を告白してみよう、けれども恋しているわけではないことにしよう。
それでうまくいかなければ、ひとつはかりごとを用いてやろう。
それでもだめなら、怒りが忘れられないほどの
復讐をすることになるだろう。ミルティッロよ、
愛を欲さなければ、憎しみをその身で知ることになるのよ。 685
あなたのアマリッリはあなたにとってかくも愛おしくありながら
私の恋敵となっていたことを後悔するでしょう。
おしまいには、ふたりともその身で味わうのよ
怒りが恋する女の心のなかにもたらすものを。
1幕4場 ティティロ、モンターノ、ダメータ
ティティロ 真実をじっくり追究しようではないか、モンターノよ。もちろん私の 690
話している相手が私より心得のある人物だとは承知している。
神託はひとの信じるそなたよりもずっとわかりづらくなっている
それらのことばはいまや
まるで小刀だ、というのは、そなたが小刀を
持つならばあの部分だろう、人間の習慣により 695
そこは手によくなじむ、用いる者の役に立つ。
けれども鋭い刃のほうを持つ者は、しばしば死んでしまう。
わが娘アマリッリは、そなたの言うとおり、
天意によるさだめを理由として、
アルカディアの全体の平安のために選び出された、 700
彼女の父親である私以上に
そのことを熱望し歓迎すべき者がいるだろうか? しかし、
神託の予言したことをじっくり見つめてみると、
かの兆しはまるで希望にふさわしくない。
その神託のとおり、アモールが彼らを結びつけるはずだというなら、 705
男は逃げるものか? どうして愛の慎みのつむぐ糸が
憎しみや蔑みとなりえようか?
天の命じることにはひとは逆らいえない。
そして、逆らいえたとすれば、それは
天の命じることではないということの明白なあかしだ、仮に 710
アマリッリがそなたの息子シルヴィオと
結ばれることを天が望んだならば、
彼は野獣の狩人ではなく恋する者に変えられるはずだ。
モンターノ そなたにはあれが少年には見えないのか?
まだ十八歳にもなっていないのだ。 715
あいつも時とともに愛をしかと感じるようになるだろう。
ティティロ それで野獣には愛を感じてもニンフには愛を感じないというのか?
モンターノ 少年らしい心にはとても似つかわしいことだ。
ティティロ それでは愛は生まれつきの情感ではないというのか?
モンターノ けれども歳月なくしては、生まれつきの不足のままだ。 720
ティティロ 緑いと深き季節にはいつも愛は花を咲かせるものだ。
モンターノ うまく花咲いたとしても、ことによると実を結ばぬものもあろう。
ティティロ 愛は花をつければいつも実を熟させるものだ。
モンターノよ、わしがここへ来たのは小言を言うためでもないし、
そなたと争うためでもない、そんなことわしにはできんのだからな、 725
できんことをせねばならんわけでもない。だがわしも
可愛い一人娘の父親なのだ、いや言わせてもらえば
それも立派な娘なのだ、そなたを怒らせるつもりはないが
今もなお引く手数多、誘い手数多なのだ。
モンターノ ティティロよ、天上における尊きご意志が 730
この結婚をお認めにならなかったとしても、地上における信頼が
認めているのだ、それをないがしろにすることは
偉大なるチンツィアの神意を冒涜することになりかねん、
この結婚はチンツィアに捧げられているのだからな。知ってのとおり
チンツィアは気性も荒く、わしらに対して憤慨してきた。 735
それでも、わしが聞いたところにしたがえば
また天へと連れ去られた司祭の精神が
天上で永遠の意志をうかがうことができる限りは
宿命の手によってこの絆は結わえられたのだ。
そして信じたまえ、時が来れば、 740
予言はすべて成就するであろう。
もっと言わせてもらいたいぞ、というのは、ついゆうべ
夢に見たことなのだが、そのせいでわしのこころのなかで
いにしえの希望がかつてないほどよみがえっているのだ。
ティティロ 夢は所詮夢だ。そなたは何を見たのだ? 745
モンターノ わしは信じておる、あの悲痛な夜の記憶を
そなたが持っていると (われらのあいだにいて今日
その記憶を持たぬとすれば何とばかげたことだろう)
あのときラードナ河が氾濫した、
洪水のせいで鳥たちが巣をつくっていた場所を 750
魚たちが泳いだのだ、そして同じひとつの流れのなかへ
人間たちも獣たちも
家畜小屋も家畜も
貪欲な波が引きずり込んでしまった。
まさにあの夜、 755
(おお痛ましい記憶よ!)わしは心を失くした、
いや、それはこころよりも
ずっと愛おしいものだった、
産着にくるまった生まれたての赤ん坊だ、
当時わしにとって一人息子だった、そしてその子が生きていたときも 760
死んでしまったあともずっとわしはその子を一心に愛してきた。
むごき激流がその子をさらっていってしまったのだ、
時遅し、わしらは
恐怖と暗闇と眠気に沈み
間に合うように救いの手を差し伸べてみることができなかった。 765
その子の横たわっていた揺りかごすらも
わしらは見つけられなんだ、それでわしはずっと思ってきたのだ
揺りかごと赤ん坊は、そのまま、
同じひとつの渦に飲み込まれたのだとな。
ティティロ それ以外に考えられるか? わしも 770
わかる気がするよ、
あれはそなたにとってきっとほんとうに
忘れがたく苦々しい惨事だろう。
するとこうも言えるな、二人の息子たちのうちひとりは
森に生まれ、もうひとりは波に生まれたのだと。 775
モンターノ ことによると、それでもなお哀れみ深い天は、生きているうちに、
死んだ息子の喪失を埋め合わせてくださるかも知れない。
いつも希望を忘れてはならんな。もう少し話を聞いてくれ。
まさにあのときのことだった、
昼と夜のあいだ、暁がかげりがちな光をもって、 780
明暗をひとつに融けあわせていたときのことだ。
そのとき、わしは
この結婚のことを考えながら
ずいぶん夜が更けても眠らずに過ごしていた。
やがて、ようやく、長きにわたる疲れのせいで 785
私の両目に、穏やかな眠りが訪れた、
そしてその眠りとともに、とてもはっきりした光景を
いや夢を見ていたと
言いうるかも知れない。
わしは、名高きアルフェオ川の岸辺にて、 790
葉のこんもりと茂った
プラタナスの影のもとに座り
波のなかに釣り針を垂らして魚たちを誘っていた、
すると、川のまんなかのあたりから
裸のいかめしい老人がでてきたのだ、 795
髪はずぶ濡れ、あごひげも滴を垂らしていた、
そして両手で
わしに向かってやさしく差し出してくるのだ
裸で泣いている赤ん坊を、
老人は言った。「そら、そなたの息子だ。 800
息子を死なせぬように気をつけよ」
こう言うと、老人は波のなかにもぐったのだ。
それから
にわかに雨雲があたりの天候を荒らして
嵐がすさまじくわしを脅かした、 805
それでわしは恐れのあまり
赤ん坊をひしと胸に抱き
叫んだのだ。「ああ! ひととき
わしにこの子を与えながら、ふたたび引き離すというのか」
するとそのとたん 810
あたりいちめん天は晴れ、
小川のなかに
すべてを灰にする雷が落ち
折れた弓矢が幾千も幾千も降り続けた。
そしてプラタナスの幹が 815
揺れ動き、薄く精気を吐いたかと思うと
それが声となって、
甲高く、独特の話しぶりでこう告げたのだ。
「モンターノよ、汝のアルカディアは今一度美しくよみがえろう」
こうしてこの夢の優しいイメージが 820
わしのこころに残り、わしの両目や脳裏に
焼き付けられたのだ
ずっとわしの前から離れないのだ、
とりわけ印象深いのは
あの親切な老人の顔だ、 825
わしはいまも彼を見ているかのようなのだ。
こうしたわけでわしは神殿へまっすぐに向かった、
そなたがわしに会いにやってきたときには、
わしは聖なる生け贄をもって
自分の見た幻が確かなものとなるよう祈っていたのだ。 830
ティティロ そのわれわれの希望という夢は、
ほんとうのところ
未来というよりは、実現しないありようであり、
夜の闇によって侵され、
けがされた日のイメージだ。 835
モンターノ 魂は決して感覚をもったまま
眠りはしない。
むしろ、眠っている時、
魂が覚醒していればいるほど、
感覚のうわべのかたちによって 840
あざむかれにくくなるのだ。
ティティロ 要するに、天がわれらの息子や娘を
いかに処遇なさろうというのか、われらにはあまりにもよくわからん。
はっきりしていることは、そなたの息子が逃げおおせていること、
そして彼が自然の掟に逆らって、愛を感じておらんということだ。 845
そしてわが娘はひとまず
約束による義務ばかりを得、その報いを得ておらん。
わが娘が愛を感じているか否かはっきり言えん。はっきり言えるのは、
わが娘が大勢の者に愛を感じさせているということであり、
わが娘こそがそれを経験せずにいられるなどとはわしには思えん、 850
わが娘が他の者にそれを経験させている限りは。
わしにはっきりわかるのは、わが娘が
見かけの上でも普段とはまったく変わってしまったということだ、
しかしかつては
まったく朗らかで陽気だったのだ。 855
若い娘を結婚の報いなしに結婚させるなどとは
たいへん名誉を損なうことだぞ。
あたかも雅な庭園のなかの愛らしい薔薇だ、
自らのやわらかな緑の蕾のなかに
かつては包まれており、 860
また闇夜の帳に隠され、
何も知らずうぶなまま
自らの母たる茎のうえにとどまっていたその薔薇が、
やにわに東方から射す
曙の光に照らされると 865
目覚め、感覚を取り戻し、
太陽のもとに花開くのだ、そしてまた太陽はその花にあこがれ
その朱なる芳しい花芯をうっとりと見つめるのだ、
そこに蜜蜂が小さな羽音を立て
朝の白光を浴びつつ 870
飛んできては、新鮮な蜜を吸うのだ。
けれども、薔薇がそのとき摘まれなければ、
真昼の光を炎のごとくに感じ、
日の沈むとともにしおれ、
陰のさす生垣にて色褪せ、 875
「これはかつて薔薇だった」とすらも言い難いものになってしまう。
それと同じように、愛らしい乙女は、
母の心遣いによって
守られ、囲われているうちは
優しい愛情に対して自らの胸を 880
閉ざしている。
しかし、欲深い恋する男が
みだらなまなざしを娘へ向け、
そして娘がそのためいきを聞き届けてしまったら、
娘はすぐに男に向かってこころを開き 885
傷つきやすい胸のうちに愛を受け止めてしまう、
そして羞恥心がそれを隠すか
恐怖がそれを抑えるかしてしまえば、
哀れな娘は押し黙り、
過ぎたる欲望のせいですっかり憔悴してしまうのだ。 890
こうして炎のごとき思いの続く限り美貌は褪せてゆき、
いくつもの季節をむだに過ごし、幸せを逃してしまうのだ。
モンターノ ティティロよ、善き心をもて。
人間らしい恐れのなかで気を落とすな、
というのも天にはよく伝わるのは 895
善く希望するこころなのだ、
弱り果てた願いは天上に届きえない。
そして、もしも誰もが
必要なときに
神々に祈り、願わざるをえないとすれば、 900
そうしたことはますます
その末裔たちにとっては当然ではないか!
わしの息子とそなたの娘はまさに
天の末裔なのだ。
自分の種を死なせはしないだろう 905
他人の種を育てる者は。
行こう、ティティロよ、
ともに神殿へ行こう、そして神に捧げものをしよう、
そなたは牧神パンに雄山羊を捧げよ、
わしはヘラクレスに若い雄牛を捧げよう。 910
家畜を肥やす者〔神〕は、
家畜をもって
聖なる祭壇を肥やす者〔人〕をも
よく肥やすだろう。
忠実なるダメータよ、行け。 915
ただちに若い雄牛を一頭選ぶのだ
肥えた群れのなかでも
もっとも手触りよく美しいものをな。
そして山道を急いで伝って
その雄牛を神殿にいるわしに渡せ、わしはそこでおまえを待つ。 920
ティティロ 私の山羊の群れからも、親切なダメータよ、
雄山羊を一頭連れてきておくれ。
ダメータ それでは一頭ずつご用意いたします。
この夢が、モンターノさま、
至高の神々の深い善意に沿うものとなり、
あなたの望む通り幸せなものとなるとよいですね。 925
よくわかりますよ、私にはよくわかります
あなたの亡くされた息子が夢にふたたび現れたことは
どれほどあなたにとって幸福のしるしであるかということを。
1幕5場 サティロ
サティロ 草木にとっての冷気、花々にとっての猛暑、
麦の穂にとっての雹、種子にとっての芋虫、 930
鹿にとっての罠、鳥にとってのとりもち、
それらと同じように、ひとにとっての敵はアモールだ。
彼を炎と呼ぶ者は、よく理解していた
彼の不実で意地悪な本性をな、
なぜなら、ひとが炎を見つめるなら、おおなんと炎は美しい! 935
けれども、ひとが炎に触れるなら、おおなんと炎はむごい! 世に
彼ほど恐ろしい怪物はいない。
彼は獣のごとくむさぼり、剣のごとく
戦っては貫き、風のごとく飛んでいく。
彼がえらぶった足取りを止めると、 940
どんな力も屈服し、どんな権力も場所を明け渡す。
それが他でもないアモールだ。というのも、ひとが
金髪の三つ編み、美しい双眸の彼を見てみれば、
彼はおおなんと甘く魅力的なんだろう! おおどれほど
他人に幸福をもたらし、安らぎを約束するものに見えることか! 945
しかし、もしもあまりにひとがそれに近づき、触れて確かめると、
彼はひそかに忍び込んで力を持ちはじめるのだ、
イルカニアの虎も、リビアの
ライオンも、この蛇ほど残忍かつ有害ではなかった
その蛇の獰猛さといったら虎やライオンに優るか引き分けるほどだ。 950
地獄や死よりも残酷であって
慈愛に敵対し、怒りを司る
アモールは、ついには、愛を持たない。
だがなぜ私が彼のことを語るのか? なぜ私は彼を弾劾するのか?
ことによると、アモールは、世界が愛し合わず 955
夢想しながら過ちを犯していることの原因なのではないか?
おおご婦人の不実なさがよ、
アモールのあらゆる汚名の原因はおまえにこそ帰せられるべきだ、
それはおまえから生じたものであって、アモールからではないのだ、
いかにアモールが残酷で意地の悪いところを持っていようともだ、 960
なぜならアモールは穏やかで優しい本性を持つのに
ご婦人の不実なさがのせいで自らの善良さを失ってしまうからだ。
懐へと入り込みこころへと通じるあらゆる道を、
おまえはアモールに使わせない。
ただその外においてのみ、おまえはアモールに媚び、住まわせる 965
そして自分ばかりを気遣い、自分ばかりを飾り、自分ばかり愉しみ、
飾りたてたただの面の皮をつくりあげるのだ。
おまえの仕事は、おまえを愛する者のまごころを
まごころをもって歓迎することでもなく、おまえを愛する者と
競いあって愛することでもなく、ふたつの胸のなかで 970
こころを、ふたつの意志のなかで魂を、ひとつに結ぶことでもない。
むしろ、つけ毛を黄金に染めること、
その一部を幾千もの結び目によりあわせて
頭をごてごてと飾りたてることなのだ。そして
網のように編み込んだ残りで、さらにそのよじれた髪の茂みのなかに 975
愛に目のくらんだ幾千人のこころを捕らえることなのだ。
おお、なんと恥ずべきいやなことだろう、
時折、おまえが、両頬に化粧道具を
塗りたくって、生まれながらの欠点と時の過ちを
隠すのを見ることは、また青白い皮膚を濃い桃色に見えるように 980
おまえが細工する様子を見ることは。
おまえはしわをのばし、褐色の肌を白く塗り、欠点をもって
欠点を取り除くどころか、むしろ増やしているのだ!
しばしば糸を交差させ、その一端を、
歯で噛み、左手で 985
それを支え、結び目を
右手でつくって、毛を切ったり結んだりする、
あたかも枝切り鋏のようにだ、そして
不揃いな産毛の生えた額にそいつをあわせるのだ。
それから産毛をみんなかりとって 990
まばらな厚かましい体毛を
あんなに痛い思いをして削ぐのだが、そのあやまちが罰なのだ。
それでもこんなことはなんともないことだ。というのも
いつも通りの習慣、癖なのだからな。
おまえはまったくいつわりでないものなど持っているのか? 995
おまえは口を開けばうそをつく。ためいきをつけば
そのためいきもうそだ。瞳を動かしても
そのまなざしはうわべのものだ。要するにどんな動きも
みんなうわっつらだけなんだ。おまえのなかにひとが見いだすものも、
ひとが見いださないものもだ、おまえが話すにせよ、思うにせよ、 1000
行くにせよ、見るにせよ、泣くにせよ、ほほえむにせよ、歌うにせよ、
すべてうそだ。これでもまだ足りないぞ。
忠実な者ほどますますだましては、
愛するに値する者ほどいっそう愛さず、
死よりもいっそうまごころを憎む。これぞ 1005
アモールをたいへん冷遇し堕落させる術である。
だからアモールの失敗はすべておまえのせいだ。いやそうではない、
むしろもっぱらおまえを信ずる者のせいだ。
つまり私のせいだ、おまえを信ずるこの私のせいだ、
意地悪で不実きわまりないコリスカよ、 1010
ただ私を害するためだけにここへ、私の思うに
おまえはアルゴスの邪悪な地方からやってきた、
そこでは肉欲が究極のあかしとなる。
だがおまえはあんなに善良なふりをして、あんなに賢くずるがしこく
行いと考えとを他人に隠しながら生きており、 1015
もっとも慎ましい女たちのあいだにて
誇り高い誠実なひとという似つかわしくない名で通っている。
おおどれほどの苦悩に私が耐えてきたか、おおこのむごい女のせいで
自らにふさわしくない仕打ちをどれほど受けたか!
私はもうすっかり懲りている、むしろ恥じている。学べ 1020
私の苦悩から、おお不注意な恋する男たちよ。
汝偶像を崇めるなかれ。そして私を信じよ。
熱愛されし女は、地獄の神だ。
神は自らに、また自らの顔にすっかりうぬぼれているのだ、
ひざまづくきみを見下している。まるで女神のように、 1025
あたかも死すべきものとして男のきみを嫌い避ける。
というのも、女神がそうした存在を自らの価値として誇るように
きみが自らの卑しさのゆえに彼女を偽り飾りたてるのだ。
なんたる屈従だ。どれほどきみは懇願し、
どれほど涙を流し、ため息をつくのだ。こんな武器を用いるのは 1030
女か子どもくらいだ。われらの胸は
愛する最中であってもたくましく強くあるべきものだ。
かつて私も信じたものだった、ため息をつき
涙を流して懇願すれば、女のこころのなかに
愛の炎が燃え上がることもあるはずだろうと。 1035
いまや私は悟っている、私は間違っていた。女が
堅い岩のごとき心を持っている限り、むだな試みなのだ、
きみがすこしばかり涙によって、また嘆きの軽やかな
彼女に媚びるため息によって、彼女を燃やし、輝かせようなどとは。
堅い火打ち金がそれを打ち、叩くのでなければだめだ。 1040
涙もため息も振り払え、
きみのあのひとをわがものにしたいと欲するのなら。
消せない火を燃やすくらいなら
きみの心臓の中心にできるだけ
情愛を閉じこめておけ。それから、ときにしたがい、 1045
アモールと自然が教えることをするのだ。
謙遜は見かけの上で
唯一の女の徳であるけれども
謙遜をもって自分自身を扱うことはたいへんな悪習だ。
女は他の者に謙遜をうまく用いるが 1050
自分に用いられると憎む、また自らのうちに
謙遜を見出されたがるが、それを利用されたがらない。
この自然な、公正な掟にしたがい
私の助言どおりにするなら、おまえは永遠に恋していられるだろう。
コリスカは、私を二度と見も試しもしないだろう 1055
もはややさしい恋人ではなくむしろ
乱暴な敵なのだ。彼女は
女のではなく雄々しい男の武器をもって
襲いかかられ、傷つけられるように感じるだろう。二度
おれはこの悪女をとらえた、そしていつも 1060
なぜだかはわからないが、彼女は私の両手から去ってしまうのだ。
だが、三度目もまた彼女が抜け道へ至るとしても
おれは彼女を止める方法をよく考えてきたのだ、
彼女が逃げられないようにな。ちょうど彼女は
ときどきこの森のなかを通りかかるものだ、 1065
おれは、鼻の効く猟犬のように、
どこでも彼女のにおいをかぎ分けて行くぞ。おおどんな
仕返しをしてやろう、彼女をつかまえたら、どう痛めつけてやろう!
しかと思い知らせてやろう、ときには
めくらだった者がめあきになりもすることを。また長い間 1070
自分の不実な行いを誇ることなどできないことをな
ひとを惑わし、誠実なこころを持たない女よ。
コロス おおジョーヴェの胸の内に
定められた、いやむしろ生まれた掟よ、
そのあまやかな愛の力は 1075
すべての被造物がはっきりわからないものの
感じるその善なるもののほうへ
精神を向け、自然を力づける!
しかしそれは、感覚によってかろうじてとらえられ
時間の変化のなかで生まれては死ぬ 1080
もろい見かけのものではない、
むしろ永遠の価値であるそれは、動き、支配する
秘められた種、内なる原因なのだ。
また世界がみごもり、たいそう美しい
奇跡を生み出すのも、 1085
また太陽が熱するところすべてに渡って
ひろやかな月に、ティターンの星々に
魂が宿り、その魂が雄々しい徳をともなって
限りなく巨大な建造物をかたちづくるのも、
またそこでひとの子が 1090
立ち上がり、草木やけものたちが息づくのも、
大地に花開くのも、
あるいは大地が白髪の年老いたひたいを持つのも
それはすべてあなたのみずみずしい永遠の泉に由来するのだ。
そればかりでない、その愛の力を美しい天体が 1095
死すべきものどものうえに注ぐのであり、それゆえに
悪運か幸運の巡り合わせのもとに
星がときには穏やかに、またときには荒々しく自らを指し示し
またそれゆえに、はかないいのちは
生の時間と、死という末路を得る。 1100
それは混沌とした感情の数々のうちに人間の欲望を、
かきたても鎮めもする、
そしてあたかも幸運の女神がそれをときには恵み、またときには
奪い去るように見える、世界は自らをその女神に委ねようとする、
けれどもすべてがあなたの高き徳に由来するのだ。 1105
おお避けがたい偽りなき条文よ!
もしあなたの考えにより
あまたの苦悩を経てある日
アルカディアの大地が休息し生と平和を抱くのならば、
あるいはまた、あなたは名高い神託の口を借りて 1110
ふたりの宿命の伴侶たちについて
予言したわけだが、その予言が
まさにあなたに由来することであって、またあの永遠の奈落のなかに
あなたによってとどめられ、縛りつけられているのならば、
また、そうした声が偽りではないのだとすれば、 1115
おお! 何者があなたの意志に対し結果を遅らせているのか?
見たまえ、ここに愛と慈悲の敵がいる、
未熟で残酷な若者だ、
その者は天に由来し、しかし天と敵対している。
見たまえ、さらにその者は、内気なこころと戦うのだ 1120
誠のこころを持ちながら省みられない恋する者だ
その者は、おまえの意志に、自らの炎をもって戦う。
その者は、涙に対する慈悲を
また奉仕に対する報いを、少なく期待するほど
その者は、いっそう炎と誠のこころを抱くのだ。 1125
その彼にとってあの女は宿命の美であるのに
その女は、彼女を避けては軽蔑する者に運命づけられている。
それでは、あの永遠の権力が、自らのうちにおいて
これほど分裂しているというのか?
そしてひとつの運命が他の運命とこれほど争いあうというのか? 1130
おおことによるとまだ十分飼い慣らされ屈服していない
狂った人間の希望が
天空を取り囲み、
天に逆らう意志を見せて
神に反逆する新たな巨人たちのように、 1135
恋する者にも恋しない者たちにも、武器をとらせるのか。
地上の者がそれほどのことをできるか? 星の散りばめられた領土に
勝利を収めるものだろうか、ふたりの盲者、アモーレとズデーニョが?
けれども星々よりも高みにおり、神意として
神の力をもって 1140
そこから君臨しているあなたよ、天の動力源よ
見守りたまえ、どうか、われらのうつろいやすいありさまを。
運命の神と和解せよ、
アモールよ、ズデーニョよ。父のごとき熱意をもって
炎と氷をやわらげよ。 1145
享楽の者よ、おまえは逃げるな、愛を失うな。
逃避の者よ、おまえは愛を抱くな。
おお、悪しき向こう見ずな欲求が
約束された慈愛をわれわれから奪い去ることのないようにせよ。
けれどもどうだろうか? きっとそれは 1150
避けがたい苦難に見えるが
幸せなめぐりあわせとなるだろう。
おお人間の精神はなんとわずかにも高まりはしないことか、
死すべきものの視力は太陽の光を凝視できないからだ!
2幕1場 エルガスト、ミルティッロ
エルガスト おお私はどれほど歩いたことか! 河や丘、
野や泉、修練場や通りに
私はひさしくきみを探してきた。ついに
ここできみを見つけた、私は天に感謝する。
ミルティッロ エルガストよ、それほど急ぐべき 5
知らせがあったのか。きみの得たのは吉報か、凶報か?
エルガスト 凶報は私が得ていたとしてもきみには与えんよ。
吉報は私が得ていなくともきみには与えたいものだな。
しかし、きみはかくも荒々しく自らの苦悩に
打ち倒されていてはならない。きみ自身に勝て、 10
他者に勝ちたいと欲するなら。ときには
生きて一息つくんだ。ともあれ、私がこうも急いで
きみのもとへ来た事情を話すから、聴きたまえ。
きみは知っているか(いや知らない者があろうか)
オルミーノの妹を? どちらかといえば 15
背の高い女性だ。軽やかな風貌で、
金色の髪、いささか血色のよいひとだ。
ミルティッロ 名は何という?
エルガスト コリスカ。
ミルティッロ 彼女のことなら
とてもよく知っている。それに彼女と何度か
話したこともある。
エルガスト では教えよう、彼女は 20
あるときからこのかた(そう偶然にも)
どうしてかは知らないが、おおなぜか名誉とともに
あの美しいアマリッリと連れ添っているのだ。
それゆえ私はひそかに、きみの愛を
コリスカに打ち明けておいた。そしてきみがアマリッリから 25
その愛を渇望していることを伝えた。すると彼女はただちに
その件で自らの忠誠と行動を私に約束したのだ。
ミルティッロ おお、それがほんとうなら
他のどんな恋する者たちよりも
何千倍も幸せだ、このミルティッロは! だが方法について 30
彼女はきみに何も言わなかったか?
エルガスト まったく何も。
どうしてかきみに教えてやろう。コリスカいわく、
方法をはっきりと決めることはできない、
彼女が、きみのこのうえなく確かな愛の
片鱗すら知らないうちは。だからコリスカとしては 35
よりよく、より確実に
アマリッリのこころを探りたがっていて、また
頼み込むなり欺くなりどうふるまえばよいか知りたがっている、
何をしてみればよいか、何をしないがよいかをな。
もっぱらこうした理由で、私はこんなに急いで 40
きみを探していたのだ。さあきみはきみの愛の
なりゆきをすべて私に語ってくれればよい。
ミルティッロ その通りにしよう。だがエルガストよ、
この追憶は
(ああ何の望みもなく恋をしながら 45
生きる者にとってはひどくつらいものだ)
あたかも松明を風で煽り立てるかのようだ、
それによって、輝きは
いっそう増せば増すほど、
松明はその煽られた炎によって焦がれ果てていく、 50
あるいは、あたかも深々と突き刺さった
このうえなく痛ましい矢を振り落とすかのようだ、
その矢を引き抜こうとすれば、よりいっそう大きな
傷となり、痛みとなる。
いいことをきみに教えよう、はっきりと 55
思い知ることなるだろうよ、いかに恋する者たちの希望が
はかなくむなしいかということを、またいかにアモーレが
甘美な根を持ちながら苦々しい実をつけるかということを。
昼が夜に打ち勝つ美しい季節
ちょうど一年が終わったばかりのころ、 60
この優美な巡礼は、この
美の新たな太陽は
その姿によって、
またいつかの春のように、彩りに来たのだ
彼女のおかげでそのころ私の唯一の 65
美しい幸せなふるさとエリスおよびピーサを。
母親によって導かれてきたのだ、
偉大なるジョーヴェの
いけにえと競技の儀式が
立派に執り行われる厳かなあの日々に、 70
彼女の両目に
愉快な見世物をみせるために。
だがあの両目こそが
他のどんなものよりもいっそう素晴らしい
アモーレの見世物だったのだ。 75
そのため私は、そのときまでは愛の炎など
決して感じたことはなかったのに
おお! あの顔を
見つめるやいなや
たちまち愛の炎に燃え上がってしまった。 80
その両目がはじめて私に向けた
まなざしから、身を守ることもできず、
私は感じたのだ、
切実な美が胸のなかに飛び込んできて、こう言うのを。
「あなたのこころを私にちょうだい、ミルティッロ」 85
エルガスト おおアモールはわれらの胸のなかでどれほど力をふるうことか!
味わった者でなければ、十分にはわからない。
ミルティッロ 注意したまえ、より素朴でより傷つきやすいこころのなかほど、
アモールはいっそうよく働くことができるのだ。
私は、私の思いを知る 90
私の親切な姉妹を
私のむごきニンファの友連れにするのだ
彼女がエリスおよびピーサに滞在したあの短い日々に。
この娘からのみ、アモールが私に教えるとおり、
忠告と優しい助けを 95
私は自分の必要に応じて得る。
彼女は女性のスカートで
私を美しく飾り、
私の頭につけ毛を着けてくれる。
それからその毛を編みこんでは花で飾り、 100
さらに私の腰に
弓とえびらを吊り下げてくれる。
そして言葉と視線と表情のとりつくろいかたを
私に教えてくれるのだ、かつてその私の顔には
まだ毛などなく 105
ただその生えかけしかなかった。
ときが来て
彼女は私をあそこへ連れていってくれた、そこでは
美しいニンファがたわむれていたものだった、
そこでわれらは、幾人かの高貴で優美な 110
メガーラの乙女たちと出会った、
見たところ、血と愛によって
その乙女たちはわが恋人に関係している。
こうした乙女たちのなかに彼女は留まっていた、
あたかも慎ましいスミレのなかに 115
きわめて高貴なバラが咲いているかのようだった。
そのようにして
乙女たちはとくに
面白いことや気にかかることをするでもなくいた。
そのうちひとりの若い娘が 120
メガーラのあの乙女たちのうちに立ち上がって、こう言った。
「さあ、たわむれの時間よ、
かくも輝かしく誉れ高いごほうびにかけて
私たちはぐずぐずしているのでしょうか。
さて、かくもよき競技のまねごとを 125
私たちのあいだでするのに
男のひとたちのように、武器を持たないのでしょうか。姉妹たちよ、
これから言う私の提案があなたがたのお気に召したら、
今日はそのたわむれのために私たちの中で
私たちの武器をためしてみましょうよ、 130
男のひとたちに対して、時が来れば、
私たちが実際に用いるように。
口づけなさい、私たちのあいだで
口づけで競いあいなさい。他の誰よりも
巧みに、甘やかに、愛おしく 135
口づけを与えることのできた者は
勝利のあかしとして
この美しい花冠をもらえることにしましょう」
その提案にすべての者がほほえみ、すべての者が
ただちに同意した。 140
そして大勢で互いに競いあったのだ。さらに大勢が、
いかなる合図ももたらされなかったので
大混乱の戦いを行っていた。
その様子をさきほどの女が見て
まずは争いをおさめ、それから 145
こう言った。「私たちの口づけの
審判となるべきひとは、当然ながらあの
もっとも美しい唇をもつひとよ」
全員一致で
みながこのうえなく美しいアマリッリを選んだ。 150
アマリッリはその麗しい両の瞳を
うっとりとうつむけて、
すっかり顔をつつましく紅潮させた。
そして、その内面もまた
外面に劣らず美しいということをよく示した。 155
あるいはことによると、その美しい顔が
その誉れある唇をうらやんだのかもしれない、
そしてその顔もまた自らを飾っていたのかもしれない
その壮麗な真紅の衣で、
あたかもその顔は言いたかったのかもしれない、「私もまた美しい」 160
エルガスト おおなんというときにきみはニンファに変装したものか、
冒険じみたことだ、あたかも
きみはきみの好む至福のときを予感していたかのようだ!
ミルティッロ そのきわめて美しい審判はとうとう
愛の務めに就いた、そして 165
メガーラの掟とならわしにしたがい、
ひとりずつくじ引きで
自らの唇とくちづけによって
あのいと麗しく神々しい
甘美の模範とともに競技をしていったのだ。 170
あの至福を授ける唇、
あの上品な唇、あれは十分にたとえられるだろう
インドのかぐわしい
東方の、まれなる真珠を宿す貝に。
その美しい宝を 175
閉ざしては開く真紅の部分は
きわめて甘美な蜜と混ざりあっている。
こうきみに言えばいいのだろうか、私のエルガストよ、
私が彼女に口づけながら感じた
えもいわれぬ甘美さのことについては! 180
だがきみはこのことから根拠を得たまえ、
その甘味を味わったその唇そのものは
その甘味を語りえないのだ。きみがひとところに
キプロスの葦〔さとうきび〕かイブラの蜜が
自らのうちに蓄えている甘みを集めたとしても、 185
一切が無に等しいのだ、私があのとき味わった
甘露に比べれば。
エルガスト おお危険に満ちた盗みよ、おお甘美な口づけよ!
ミルティッロ 甘美だったとも、だが愉快ではなかった、
というのも、喜び全体の 190
最高に素晴らしい部分は欠けていたからだ。
私は口づけにアモールを与えたが、彼女はそれにアモールを返さなかった。
エルガスト だが教えてくれ、どう感じたんだ
口づけの順番がきみに回ったそのときには。
ミルティッロ この唇の上に、エルガストよ 195、
そのとき私の魂がすべて集まったのだ。
私の命は、これほど
一瞬のうちにこめられたのだ
他ならぬ口づけだ、
そのため、体中が 200
ほとんど力を失って、震え、弱ってしまった。
そして電撃を走らせるそのまなざしの
そばにいたとき、
あたかもあのまなざしは
あの行いが策略であり盗みであると知っていたかのようで、 205
私はあの麗しい顔の気高さをおそれた。
しかし、彼女の晴れやかで優美なほほえみによって
私は次の瞬間には安堵させられ、
さらには前進した。
アモールがいたのだ、エルガストよ、 210
ミツバチが二輪のみずみずしいバラの中に
隠れるように、あの唇に。
そして彼女が、
唇を口づけられ
私の唇の口づけに、 215
動かずに、離れずにいたとき
私はただ蜜の甘味のみを味わった。
しかし、彼女も私に身をゆだねて与えてくれたのだ
一輪、また一輪と、いと甘美なる彼女のバラを、
(彼女の優しさか私の幸運だろう 220
アモールでなかったことはよくわかっている)
だからあの唇がこころよい音を奏で
私たちの口づけが交わりあった(おお愛おしく
尊い私の甘美なる宝よ
私はおまえを失ったのに死なないでいるのか?) 225
そのとき感じたのだ、愛のミツバチの
きわめて鋭く刺すように快い針が
私のこころを貫くのを、そのこころはきっと
傷つけうるように
私に返されたのだ。 230
私は、まるで致命傷を負ったかのように感じた
絶望した者のようだった、それゆえ
すんでのところで、死をもたらす唇を
噛んで、傷跡を残してしまうところだった。
けれども、おお! かぐわしいそよ風〔吐息〕が私を制した、 235
それは、あたかも神々しい精霊の息のように、
慎みをふたたび目覚めさせ、
あの激情を鎮めたのだ。
エルガスト おお慎みよ、恋人たちにとっては
煩わしい苦悩よ! 240
ミルティッロ いまやみなが自らの出番を果たし
こころを大いにうわつかせて
判定を待っていた、
そのとききわめて優美なアマリッリが
私の口づけを 245
他の誰の口づけよりもこころよかったと評価し
自らの手であの
上品で小さな花の冠を、あの
勝者のためにとっておかれたほうびを、私の頭に巻き付けてくれた。
だが、ああ! 日差しを受けた大地も 250
かつてこれほどまでに燃え上がったことはなかった、
ほえてはかみつく天の猟犬〔大犬座シリウス=夏空〕の下でもだ、
それほどに私の心が燃え上がり
そのときすっかり甘美と欲望によって、
勝利のなかでかつてないほど勝ち誇っていた。 255
けれどもはっとわれにかえって、
私は花の冠を自分の頭からとり
彼女に差し出して、こう言った。
「これはあなたにこそふさわしい、これはあなたのものだ、
あなたこそがあなたの唇のなかで 260
私の口づけを甘やかにしたのだから」
彼女は、情愛をもって
それを取り、私がそれを彼女の美しい髪の冠とした。
そしてもうひとつ、もとは
彼女の額に乗っていたものを、彼女は私の額にくれた。 265
それが私の持っているこれだ、
これを私は墓までずっと持っていくつもりだ、
ごらんの通り干からびてしまったこれを、
あの日の甘美な記憶のために、
けれどもむしろ私の 270
失われた死せる希望のあかしのために。
エルガスト きみはねたみよりもむしろ憐れみに値する
ミルティッロよ、いや新たなタンタロスよ、
なぜならふざけて愛の戯れに興じる者は
まことに苦しむのだから。きみの 275
悦びはあまりにも高くついたな。きみの盗みにより
きみは楽しみも罰も得たわけだ。
しかし彼女はこのたばかりに気づかなかったのか?
ミルティッロ なんとも言えない、エルガスト。
はっきりしているのは、 280
エリスが彼女の姿にふさわしかったあの日々に
彼女が私にとってつねに親切でいてくれたことだ
あのやさしく情のこもったまなざしによって。
だが私の残酷な運命は
まったく不意に彼女を連れ去ってしまった、 285
私はほとんど気づかなかったくらいだ。私は、
それまで大切にしていたものをすべて捨て、
あの美しいまなざしの力に惹かれて、
ここ、わが父が
何年もずっと、きみの知るとおり 290
自らの古い粗末な宿を構えているところへ
私は来たのだが、ああみじめだ! 見てしまった、
永遠の日没を
私の愛しい晴れやかな太陽はすでに迎えてしまったのだ、
あれほど幸多き曙の光から始まったというのに。 295
私の最初の印象では、彼女はただちに
怒りをその美しい顔のなかに輝かせたようだった。
そして両目をかたむけ、よそへ足をめぐらせた。
「みじめだ!」と私はそのとき言った
「これぞ私の死のよきあかしだ」 300
そのあいだに
予期せぬ突然の出発を
つらく感じていた私のやさしい父が
悲しみに押しつぶされて
病に伏し、死に瀕してしまった。 305
そのため私は
父の家に帰らざるを得なかった。
私が帰ると、ああ!
父は健康となり、私は病となったのだ。
というのも、愛の熱に 310
燃え上がり、数日も経たぬうちに私はやつれてきたからだ。
太陽がおうし座から出て
やぎ座へ入るまで、ずっと
このような状態になった。
そしていまも確実にそうなっていたはずだ 315
もしも私の憐れみ深い父が
適切な助言を
神託に求めていなければ。神託の答えによれば、
アルカディアの天空だけが私をいやしうるという。
こういうわけで私は帰ってきた、エルガストよ 320
あのひとに会うためにだ、
あのひとは私の肉体をいやし
(おお神託の偽りの声よ!)
引き換えに永遠に私の魂を病にかけたのだ。
エルガスト 真実とはいえ不思議なことを 325
きみは私に語ってくれた、ミルティッロよ、
たいへんな憐れみに値するとしか言いようがない。
しかし絶望した者にとって
唯一の救いとは、救いをあきらめることだ。
それにもう時は来た、私はきみの言ったことを 330
コリスカに知らせに行かなくてはならない。
きみはその泉へ行き、そこで私を待ってくれ、
私もできるだけ早くきみに合流しよう。
ミルティッロ うまくやってくれ! この憐れみに対する報いを、
私がきみに与えてやれない代わりに、 335
天がきみに与えますように、親切なエルガストよ。
2幕2場 ドリンダ、ルピーノ、シルヴィオ
ドリンダ おお私の美しい無慈悲なシルヴィオの
気遣いや悦びであり、冒険すきな忠実なおまえよ
おまえと同じくらい私も、おまえのむごき主人にとって
大切に思われたい! 彼は、あの 340
私のこころを締めつける純白の手をもって
あまやかに媚びては、おまえを養い、
おまえとともに昼を、おまえとともに夜を過ごす。
かたや私は、彼をとても愛しているのに、むなしくため息をつき
むなしく乞い求めるばかり。また私をいっそう苦しめることに、 345
かのひとはたいへん愛おしくあまやかな口づけをおまえに与える
一度でも私がそれを味わえたなら私天にも昇る心地となるのに。
他にどうしようもないからこそ、私もまたおまえに口づけるのよ
幸運なメランポよ。さあ、アモールの善良なる星が
私のもとへおまえをよこしてくれたので 350
彼の足跡が私にも見つけられるから、行こう
アモールが私を、また本能がただおまえを向かわせる場所へ。
おや、この森のなか、近くで角笛の鳴るのが
聞こえてくる。
シルヴィオ おい、メランポよ、おおい!
ドリンダ 欲望が私を欺いているのでなければ、あれは 355
いと麗しいシルヴィオの声だ、
この森のなかで自分の犬を呼ぶ声だ。
シルヴィオ おい、メランポよ、
おい、おおい!
ドリンダ 間違いない、彼の声だ。
おお幸せなドリンダ! 天はおまえに
おまえの求めているあのよきものをくださる。 360
私は犬を遠くへやっておいたほうがいい。きっと
この方法で彼の愛を勝ち取ってみせよう。
ルピーノや!
ルピーノ ここにおります。
ドリンダ この犬を連れて
あの茂みのなかに身を潜めなさい。わかりましたか?
ルピーノ かしこまりました。
ドリンダ 私が呼ぶまで出てきてはなりません。 365
ルピーノ 呼ばれるまでは出ないようにいたします。
ドリンダ いますぐ行きなさい。
ルピーノ あなたも急いでください、
といいますのも、このけものが飢えたら
私をぺろりとたいらげてしまいかねませんからな。
ドリンダ おお、なんてとるに足りない! さあ、去りなさい!
シルヴィオ どこだ、みじめなおれ、おれはこれ以上どこへ 370
おまえのあとを追って足を巡らせなければならないのだ
おお愛おしい、おおおれの忠実なメランポよ? おれは
むなしく山も野も探してきた、もうくたくただ、疲れたよ
おまえの追いかけた野獣がいまいましい!
おやニンファがいる、ひょっとするとメランポのゆくえを 375
おれに教えてくれるかもしれない。おっと何と間の悪い!
こいつは、おれにいつも迷惑をかけるやつだ。
けれどもおれはがまんしなければならない。おお美しいニンファよ、
言ってくれ。おれの忠実なメランポを見なかったか、
少し前に雌鹿のあとを追わせて放したのだが。 380
ドリンダ 私きれい、シルヴィオ? 私きれいかしら?
どうして私をそんなふうに呼ぶの、
むごいひと、あなたの目に私は美しく見えていないのに?
シルヴィオ 美しいにせよ醜いにせよ、ともかくきみはおれの犬を見なかったか?
このことについて答えてくれ、さもなければおれは行くよ。 385
ドリンダ 相変わらずあなたにあこがれる者にはつれないのね、シルヴィオ!
誰が信じるでしょう、こんなにあまやかな外見のなかに
こんなに残酷な感情があるなんて?
あなたは森や
険しい岩山を通って 390
逃げ去るけものをつけて、猟犬の
足跡を追いかけては、おお! 息切れして疲れ果てる。
そして、あなたをこんなに愛している私からは逃げて蔑んでいる。
おお! 逃げ去る雌鹿を追いかけないで。追いかけるなら
愛にあふれた従順な雌鹿になさいな 395
狩られもしないのに
とっくに捕まって縛られているのよ。
シルヴィオ ニンファよ、おれがここへ来たのはメランポを探すためであって
時間をむだにするためではないんだ。さようなら。
ドリンダ まあ! ひどい
シルヴィオ、私から逃げないで。 400
あなたのメランポについて教えてあげるから。
シルヴィオ おれをからかっているのか、ドリンダ?
ドリンダ 私のシルヴィオ、
私をあなたにかしづかせたあの愛にかけて
あなたの犬の居場所を私は知っている。
あなたは雌鹿を追わせて犬を放ったのでしょう? 405
シルヴィオ そうだ、それから間もなく足跡を見失った。
ドリンダ いま犬も鹿も私の思い通りよ。
シルヴィオ きみの思い通りだって?
ドリンダ 私の思い通りよ。あなたにくびったけのひとに
捕まってしまったことがご不満なのかしら、恩知らずさん?
シルヴィオ 愛するおれのドリンダ、すぐおれにそれらを渡してくれ。 410
ドリンダ あら、気の変わりやすい子ね、もう逃がさないよ。
けものと犬のおかげであなたは私を大切に思うようになった。
でも、ねえ、私のこころよ、
ごほうびをくれないと返してあげない。
シルヴィオ まあ当然だな。あげるよ……
(やりこめてやろう)
ドリンダ 私に何をくれる? 415
シルヴィオ 美しい金の林檎をふたつあげよう。一昨日
おれのとてつもなく麗しい母さまがくださったのだ。
ドリンダ 私には間に合ってるな。ひょっとしたら
もっとおいしくてもっと美しいかもしれない林檎を
私はあなたにあげられる、私の贈り物を 420
あなたが厭わずに受け取ってくれるなら。
シルヴィオ それじゃ何が欲しい?
雄山羊か、めすの子羊は? ただしあんまりたいへんなものだと
おれの父さまがお許しくださらない。
ドリンダ 雄山羊も子羊もとくにうれしくないな。
あなただけでいい、シルヴィオ、あなたの愛が欲しい。 425
シルヴィオ おれの愛以外に欲しいものはないか?
ドリンダ 他には何もいらない。
シルヴィオ いいよいいよ、それなら全部きみにあげる。さあ、
親愛なるニンファよ、おれの犬と雌鹿をくれ。
ドリンダ おお、あなたがこうも惜しまないらしい
その宝がどれほど高くつくものか知ってくれますように、 430
そしてこころがあなたの舌に責任を持ってくれますように!
シルヴィオ 聴いてくれ、麗しいニンファよ。きみはおれに
いつも自信をもって愛を語ってくれるが、おれは
それが何であるか知らないのだ。きみはおれに愛されたがっていて
おれは自分のできる限り、思う限り、きみを愛する。 435
きみはおれが冷酷だと言えばいい、おれはそれが
冷酷なことなのか知らないし、冷酷に接することもできないんだ。
ドリンダ おおあわれなドリンダ! おまえは自分の望みを
どこに預けてしまったの? どこに救いを望むの?
美しい人の中に。でもそのひとは、恋する者を 440
みな焼き焦がす愛の炎の輝きをいまだ感じたことがないのよ。
愛らしい少年よ、
あなたは私にとっては炎だけれど、あなたは燃えていない。
あなたは私に愛を呼び覚ますけれど、あなたは愛を感じない。
あなたを、とても美しい母親の 445
人間らしい姿をして
生んだのは、キプロスの崇拝する女神の魂だ。
あなたは矢と炎を持つ。
私の胸を貫き、焼き焦がすことが十分にできる。
あなたは両肩に翼をつけている。 450
あなたは新たなクピドだ、
ただしあなたは氷のこころを持っていて、
他ならぬアモールの愛を持っていないのよ。
シルヴィオ この愛とはどんなものだ?
ドリンダ 私があなたの美しい顔を見つめると 455
愛は楽園となる。
けれども私が自分のこころを見つめると
愛は地獄の熱に変わる。
シルヴィオ ニンファよ、それ以上言うな。
おれの犬を返せ、さあ! 460
ドリンダ まずは私に約束通り愛をちょうだい。
シルヴィオ だから愛ならきみにあげたじゃないか?(ええい、
こいつを満足させるのは実にたいへんだ!) 持っていけ、
きみの望むようにしろ。誰がきみにそれを認めず禁じるものか?
もっと欲しいものがあるか? 何にこだわっている? 465
ドリンダ (種も作物も土のなかに失ってしまった、
不幸なドリンダ!)
シルヴィオ 何をしている? 何を考えている? なおもおれを見つめるだけか?
ドリンダ あなたの欲するものをそんなにすぐに渡さないよ
だってそしたら私から逃げちゃうでしょう、不実なシルヴィオ。 470
シルヴィオ 絶対に逃げない、美しいニンファよ。
ドリンダ 証拠をちょうだい。
シルヴィオ 何を証拠に欲しいんだ?
ドリンダ ああ、そんなの言えるもんですか!
シルヴィオ どうして?
ドリンダ 恥ずかしいからよ。
シルヴィオ でもきみが頼んだんだろう!
ドリンダ ああ、言わなくてもわかってもらえないものかしら。
シルヴィオ 言うのが恥ずかしいのに、受け取るのは
恥ずかしくないのか? 475
ドリンダ くれるって
約束するなら、言ってあげる。
シルヴィオ 約束するよ、
さあ言ってくれ。
ドリンダ ああ、私のことを聞くんじゃないのよ、
シルヴィオ、私のよきひとよ! 私はあなたの話を聞きましょう、
あなたがわたしにそれを言ってくれれば。
シルヴィオ 確かにしたたかだ 480
おれよりもきみは。
ドリンダ あたたかよ、シルヴィオ、そして
あなたよりも冷酷ではないよ、わたしは。
シルヴィオ 実を言うと
おれは占い師ではない。話せ、わかって
もらいたいのなら。
ドリンダ まあ情けない! かつてあなたの
お母さまがあなたに与えたもののひとつよ。
シルヴィオ 平手打ち一発か? 485
ドリンダ あなたを熱望する者に平手打ちを食らわせるわけなの、シルヴィオ?
シルヴィオ しかし母さまはしばしばその平手で
おれを撫でてもくださった。
ドリンダ ああ! うそだってはっきりわかる。
お母さまはときどきあなたに口づけなさらない?
シルヴィオ 母さまはなさらない、
他人がおれに口づけることも母さまは欲していない。 490
ひょっとしてきみは口づけを担保に欲しがっているんじゃないか?
答えないんだな。きみの赤面がきみ自身を告発しているぞ。
わかったよ。満足だ。
ただしまず犬をえものと一緒におれによこすんだ。
ドリンダ 私に口づけを約束してくれる、シルヴィオ?
シルヴィオ 約束するとも。 495
ドリンダ そして約束を守ってくれる?
シルヴィオ ああ、誓う。
これ以上わずらわせないでくれ。
ドリンダ 出てきなさい、ルピーノ!
ルピーノ! まだ聞こえないの?
ルピーノ おお、やかましい!
誰がお呼びで? おお、参ります、参ります! わたしゃ寝てませんよ、
確かに。犬が眠ってたんですよ。
ドリンダ はい、あなたの犬よ 500
シルヴィオ、この犬はあなたよりも愛想がよくてねえ、この……
シルヴィオ おお、なんてうれしい!
ドリンダ ……この、あなたの
さんざん蔑んだ両腕のなかに、休みに来てねえ……
シルヴィオ おおいとしいいとしい忠実なメランポ!
ドリンダ ……愛情のこもった私の口づけと私の吐息を受けたのよ。 505
シルヴィオ おまえに何度も何度も口づけしたいよ。
走っていて、どこかけがしなかったか?
ドリンダ 幸運な犬! どうして私はあなたとともにいて
自らの運命を変えられないのだろう? なんてことになったの、
犬にすら嫉妬して悲しみにくれるとは? 510
では、ルピーノ、狩りへ行っておいで。
間もなく私もおまえを追いかけますから。
ルピーノ 行って参ります、ご主人様。
2幕3場 シルヴィオ、ドリンダ
シルヴィオ どこもけがはないな。さて残りだ。
きみがおれに約束した鹿はどこだい?
ドリンダ 生きているのと死んでいるの、どちらをお望み?
シルヴィオ よくわからないな。 515
どうして生きていられようか、犬が殺したのなら。
ドリンダ 犬が殺していなかったら?
シルヴィオ では生きているのか?
ドリンダ 生きているよ。
シルヴィオ いっそう貴重で、いっそうよろこばしいな
私にとってその戦利品は。で、私のメランポが
あんまり上手にやってのけたから、鹿にはけがも傷もないのか。 520
ドリンダ 傷ついたのは心の中だけ。
シルヴィオ おれをからかうのか、ドリンダ、それともうわごとを言っているのか?
心臓の中に傷があってどうして生きていられるのだ?
ドリンダ その鹿は私よ、
ほんとうに冷たいシルヴィオ、 525
あなたに望まれずに、
あなたに負けて、捕らえられたの。
あなたが私を受け入れてくれれば、生きている。
あなたが私を突き放すなら、私は死ぬの。
シルヴィオ これがその鹿、その戦利品ってわけか 530
さっききみがおれに言ったやつか。
ドリンダ これよ、他にはない。おお! どうして怒るの?
けものよりもニンファを得られるのよ、うれしくないの?
シルヴィオ きみを大切に思いもしないし、愛してもいない。それどころか憎いよ、
見苦しい、卑怯者、嘘つき、しつこいやつめ! 535
ドリンダ これがごほうびなの、むごいシルヴィオ?
あなたが私にくれる報いはこれなのね、
恩知らずの若者よ? メランポをもらうのなら、
一緒に私ももらいなさい、だってそれで全部なのよ
私に戻すつもりなら私はまたあなたに返すよ、ただ 540
あなたの麗しい瞳の輝きだけは私は拒まない。
私はあなたについていくよ、あなたの忠実な
メランポよりいっそう忠実な道連れとして。
あなたが疲れたら、
私があなたの額をふいてあげよう、 545
このおなかのうえに、
あなたのために安らったことのないここに、あなたを休ませてあげよう。
武器を運んであげよう、獲物を運んであげよう。
万一森であなたのまえにけものがあらわれなくなったら
ドリンダを矢で射かけてもいいよ。この胸の中に 550
あなたはいつでもうちこんできていいの。
なぜって、ただあなたの欲する通りに、
私、あなたの召し使いが、弓矢を運び
私、あなたの獲物が、弓矢を受けましょう、
私があなたの矢の筒となり、的となりましょう。 555
でも私は誰と話しているのかしら。ああ、もう!
あなたとなのに、あなたは私の話を聞かずに逃げてしまった!
でもどうぞ逃げなさいな。ドリンダはあなたを追っていくよ
むごい地獄までもね、
あなたの無情さや、私の苦悩よりも 560
もっとむごい地獄を味わうとしても。
2幕4場 コリスカ
コリスカ おお、フォルトゥーナは、私の思っていなかったくらい
私のたくらみをなんとよく気に入ってくれたことだろう。
彼女は、うかつにも加護を求めたりしない女に
加護を与える分別を持っている。 565
彼女は偉大な力を持っている、世界が
彼女を「力ある女神」と呼ぶのは理由なきことではない。
とはいえ彼女に会ってこびへつらい、
彼女を見張っていなければならない。のろまな連中は
めったに、あるいはまったく幸運を生かせない。 570
私が熱心に彼女についていなければ
彼女はいま私の思いを
しっかり遂げるのに
これほど都合のよい確実なチャンスを
私にもたらしえないだろう。