受け入れ番号を調べるため書庫へ行く。鍵をあける。階段
をのぼって二階、和書、特閲資料。棚の前蓋を開ける。独特
の、ほこりっぽいにおいがこぼれる。左手のカードに眼をや
りながら、図書の背を追いかける。『小學唱歌 壱』伊澤修
二編、1892年2月、767/I-4/ ……あった。右手でそっと抜き
取る。表紙をめくる。数字付きのバーコードのついたやや厚
めの紙が挟まれている。188010......カードに書かれた十二
桁のIDと一致する。同定。表紙に戻る。小さな長方形の和
紙がはりつけられている。番号が書かれている。一二〇八。
裏表紙の裏を見る。見当たらず。奥付をひらく。惚けたイン
クの旧字体が並ぶ。青紫の印が押してあって、その中央に番
号が並んでいる。「1208 五冊の一」。こころのなかでひそ
やかに唱えながらカードに書き込む。1208 1/5。
 本を閉じると裏表紙が目に入る。小口寄りのところに、筆
で「石田和子遺書」と書かれている。「遺書」の意味が今と
はちがったのだと思う。故人の遺した書籍ということだろう。
棚に戻す。次のカードをめくる。めあての図書はさきほどの
もののすぐ右隣にある。『小學唱歌 弐』伊澤修二編。1893
年……右手でそっと抜き取る。表紙をめくる。図書側のバー
コードとカードに記されたIDとを対照する。一致。同定。
裏表紙の裏を見る前に、つい裏表紙を見る。小口寄り。筆で
「石田和子遺書」。奥付をひらく。青紫の印。「1208 五冊
の二」。ひそやかに唱えながらカードに書き込む。1208 2/5。
本を閉じる。棚に戻す。
 次のカードをめくる。同じシリーズだ、――尋常小学校は
何年生までだったか。
 その棚に並んでいる他の図書をちらりと見る。教科書六年
分が揃っている。また『小學唱歌』シリーズに目をやる。
「石田和子遺書」と綴られた図書は五冊までしかない。よく
見ると五冊とも裏表紙の裏に小さく「石田治氏寄贈」と書か
れている。
 五年目。
 唐突に号泣を感じる。むせび哭くイメージが駆ける。しか
し頬を涙が伝ってこないし、自分は声を上げてもいない。奇
妙だ。確認する。ここは書庫の二階で、カウンターとつなが
っている。明治十二(1879)年に設置された音楽取調掛にお
ける明治維新後の音楽教育の中心人物として伊澤修二は記憶
されている。石田和子という少女の名前は知らない。石田治
氏が父親だったのか、兄弟だったのかもわからない。音楽教
育の黎明期に関する研究のために、この資料は少なくともあ
と数百年のあいだ保管されるだろう、崩れかけるたびに製本
し直され、複写本が作成されて。けれど少女と男の名前には
何の意味も残らないだろう。何も意味しないそれらを、すく
いとる手がいくらかあるだろう。何の意味もなく、しかし飽
くことなく見つめつづける者が。
 右手が疼く。脂汗と、自分が何かをカードに書き込もうと
していたことに気付く。大切な、しかし仕事にとっては何の
価値もないこと。違う。書き込むべきは受け入れ番号だ。棚
に戻す。もう一度三冊目を抜き取る。ID。奥付。受け入れ
番号。ひそやかに唱えながらカードに書き込む。閉じる。名
前。名前。名前。戻す。四冊目。
 それからあとは、砂のほかに思うことなく。






                     夢、2006/8/22