ライン
爪先で線をひいていった。右足の膝とくるぶしを揺れないように緊張させ、雨がしばらく降っていないのですこし堅くなった運動場の土にしっかり押し付けながら、じりじり引きずっていく。のびていくラインの傍らで、常に一歩先を左足がぴょこぴょこ動いて先導している。
スーはボールを抱えながら、遠い足の動きを見つめて立っていた。日も暮れかけたから、最後にドッヂボールをして帰ろうというはなし。みんなの影がのびてるそのなかを、足の影がぴょこぴょこ動く。ブン、彼が間違えればどちらかの陣地が狭くなってしまう。ブンに悪気はなくても、線は歪んでしまうかもしれない。かといって線に悪気があるわけでもない。いつも足の筋肉がちょこっと、土とのまさつに耐えられなくて動いてしまうだけ。
スーは自分の足をみた。短パンの開いた口からすっと伸びる足はいつも一緒に遊ぶ男の子たちのそれとはもう違ってきていて、なんだかほそっこいし、そのくせところどころまるくて、やわらかそう。お母さんはスカートか長ズボンをはきなさいっていうけれど、スカスカかピッタリしか選べないなんてざんねんだ。時間がたてばどっちかを選ばなくちゃならない日がくるんだろうか。運動場の舞い上がった砂埃が、汗びっしょりのふくらはぎからふとももにまでくっつくことはなくなるんだろうか。
あたしがこのつまさきで線をひいたらどんなだろう。ブンの足と見比べながらスーは考えた。ブンよりもきれいに線をひくことができるだろうか。あたしのほうが身長は高いし、足も長い。からだをしっかり右足に乗せても、すこしひょろひょろしてしまうだろうか。陣地が均等じゃないって、みんなに怒られてしまうだろうか。
ひゅっと手が目の前を通り過ぎて、腕のあいだに抱いていたボールを叩き落した。ばいーん。ボールは地面から空中に跳ね上がって、あさっての方向に逃げる。それを追いかけて捕まえるのは叩き落したケイ。ははっ、ぼさっとしてんなよ。もう。スーはふくれてから、ちからをほどいていることに気がついた。ボールのかたちに腕がはりついていたのが、そこにはもう空気しか残っていない。その空気、その、空気、 。
スーのこころに背の高いケイの影がのびてきた。あさってに逃げたボールを捕まえた彼の手は長かった。線はこういうところにものびてきていたとわかった。あたしの捕まえられないもの。線を越えて向こうの陣地に転がっていったもの。ブンが爪先で一生懸命囲んでいく。あたしが線をひけばどうなるだろう。砂埃、ばいーん。その、空気。
呼ばれたような気がして振り返ると遠くにお母さんが自転車を脇に立っていた。買い物籠にはスーパーの袋。帰るわよ。お母さんはにこにこしていた。みんなに手を振って走り出す前のスーの影は、そっちに向かってほそくながく、まるで大人のおんなのひとみたいな線になってうつくしくのびていた。