海に行く



      いつにもまして あたまが痛くて
      目玉は冷たい
      それを
      日が変わって 人に話して眠ったあと
      海の詩を読んで素早くドアを閉め
      朝から
      ずっと考えていた
      干拓地について
      むかしの
      破れた文字で署名すること
      そこには


       いつから
       誰もいないのか
       「さっき エピゴーネンという言葉を聞いた
       海には人がいるはずなのに
       「ドイツ語らしい 綺麗な響きだ
       「意味はともかくこの言葉には魂がある
       ドイツ語?
       「懐かしい国
       知らない それより海は
       「綺麗な響きの国
       きみは
       「とてもノドが渇く
       そうか
       ぼくは本当に
       「海なんて飲んだ
       だから


      そこにいないということ
      むかしの干拓地
      むかしから
      まっすぐに もつれている地面
      というのは
      今でも どこかにあるのだろうか
      目を閉じて
      目を閉じて
      もう滅びてしまった場所に
      それは何色の合成写真ですか
      と訊きたい
      重たく錆びた
      きっとブイぐらいは落ちている
      少なくとも乾ききった死骸が
      死んだことを知らずに歩きまわり
      (今日もたくさん殺された)
      打ち寄せられている


       よるひる 焼けた道 焼けたてのひら
       にがい塩を噛んで
       帰ることを気にせず 歩いて行ったきり
       いつまでそうしているのかと問うと
       「あした帰る、這って帰る
       「たいように濡れた石を拾って帰る
       「どこまでも骨だ
       あ
       流れ着いた
       もの……
       「そうだ
        頷いて それで
        あいつは死んだかもしれない
       「遠くで
        笑うだけのやつも
        死ね


      無風
      へんな明るさ
      の外を見て
      舌をべろんと出して陽だまりに寝そべる漂着物
      もうそれだけで
      てつがく にいちばん近い
      それか
      あいつの目は干拓地を見ている
      見ている たしかに
      どこか遠い海の死骸を
      海の
      白い骨盤


      あした
      何があるか見に行く
      せめて
      骨だけでも
      見に行く