黄泉行き
1:
午後、無人駅
ユウ君がベンチに座っている
と思ったふりをして
まず殴りつけるように
今日も空は気圏よりすきとおって
下水道みたいに晴れている
2:
秒針が折れ曲がってしまって不安です
と、時刻表は燃えて黒い立方体に結晶してしまった
ということを前提に想像しなければ
これから電車は永遠に象を轢き殺しているだろう
砂漠で電燈を倒しながら歩く人は
どおやっても電車に出会えないかもよ
うわさばなしについてのチラシ
掲示板に貼り付けられていたと思うんだけれど
電車はネトネトした水に包まれてここまでやってくる
それにしても旧市街、ようやく椰子の木が燃えて
これら騒がしいものは死ねない構造を持っていた
3:
乗車前には持ち物検査が必須ですので
当方の事務次官の面々がお客様に性交渉を迫ります
こおいうアナウンス
わたしは男でも女でもなかったので
スパンコールをキラキラ輝かせて電車に飛び乗る
うしろに並んでいた十二歳ぐらいの女の子が
重力的な街を想像して老婆になろうとしていた
でもどうやら通り雨
酸
酸
酸
能面の一団が竪琴を担いでやってくる
ということはつまり
やさしい黒点収集家は殺されちゃったんだ
4:
そんな目をして見ていた猿人の卵
目を離した隙に黄金の繭玉にすりかわっていた
同じようにして電車は動き出し
やっぱり象を轢きながら
あっ、この内装はあまりに植物の汁を集めすぎる
いつしか車軸らしきものが天井を占拠した
こんな夜より暗い真昼間には日記を書いて暮らす
ので、邪魔をしないてくださいませんか
シルバーシートに座る石仏が仰りました
まったく
ここいらは地下へと通じる物売りが跋扈する地域
さっきから前頭葉ばかりを水洗いする父親さえも
(おい、きさまら、切符はお持ちでしょうか?)
父さんは今夜、母さんに初めて会うらしい
たぶん夕飯は寿司だよ
へへーん
へへーん
5:
おれは南極から歌を聴きに来たんだ
という言葉を刻まれている車窓を見つけた首だけが
第一車両から第二車両へと移動する大名行列に蹴られていた
さみしい年の瀬だから
昼間の月光にとてつもなく燃やされて
ひょっとすると怪人二十面相に仕立て上げられてしまう
これは宮廷作法としてどうなのか
銀色の古代文字に埋め尽くされた車両もあるらしいが
すべて車掌のプライベートルームであります
すっくと立ち上がったぼやけ顔の男性は
隣に眠る女性を分解しつくしたかもしれない
そおいうことにしておくよ
6:
何かが割れる音が響き渡る、が
棺の中で眠るわたしたちの嗅覚はとても鋭いの
がたん、ごとおん
がたあん、ごとーん
がったん、ごとん
がたーん、ごとーん
がたん、ごっとん
● おまえら みんな しけいしゅう です
がたん、ごっとん
がたーん、ごとーん
がったん、ごとん
がたあん、ごとーん
がたん、ごとおん
天井に明り取りの窓
本当に地下へと通じる通路があるのか疑ってしまう
額にしわを寄せて考えてみても
どうやっても車掌は車内のドブをトロトロと流れてゆく
7:
しかし連結部
ぽっかりと大きな穴を下る階段に気付いてしまった
少しだけ禍々しい車輪の悲鳴が
それでもどこか遠くから供給されていたが
父さん、電車は走りつづけています
緑色の蜘蛛人間や、般若面を被った男はどこに行ったのですか
そおして 純粋な知覚は過去を持たない などと
死に絶えた哲学者のような夢を見ているのですか
とどのつまり
素っ裸の農夫達が
みずからの収穫した電気ミカンの海に溺れて
互いに剛速球をぶつけあっているような古代の風景画
どおしてそんなに刺身ばかり食べて生きているのか
ああ、腐乱死体まがいの古代史とわたしの退化した体
ドーナツ雲に守られて
これから地下の暗さに出会ってきます
見たことのない母さんによろしく
8:
解約するか 契約を実行するかは お客様の自由意志です
行商人はそお言って純銀の切符を手渡した
葉書サイズのピカピカ光るもので
かすかに冥界の香りが立ち昇る気配がする
とにかく階段を下ってゆくためにはこれがなくてはいけません
乾いた骨細工のラッパを首に下げていて
こうしてると生来の魔物を寄せ付ける習性を防げるのです
つまりは彼も壁の中の住民であるぞ
江戸時代、連れ去られた弟も
なにか寂しげに呟いていた気がする
担いだ籠にもじゃもじゃの鉱石蜘蛛を満載した老婆が
わたしの顔をペロリと舐めていった
どうにも悲しいことにあの舌にはもう一度会う気がしてならない
今日はうるう年の大祭がある日
誰もが無人区域の森や海を幻視する日です
ヨヨン
9:
この電車
ダイダラボッチを引き摺っているのではないか
というほどにすべての地軸が立ち上がる
篝火はぼくらを明るく照らしてくれるんですよ
寂しい地下探索にはぴったりではないですか
縁日の神社のようなにぎわいがあって
うーん、ここいらへんには友達が埋められている
ミミズやトカゲ、昆虫図鑑の長である蠕虫類のものども
静かな透明の気体に袋詰めされて
だれもがその気配だけしか感じる事はできない
あれらすべて、原始には人であったはず
階段は耳鳴りがするほどに時化って暗すぎる
頭の上で篝火、風に吹かれて燃えています
火の中心には黒い顔をした人口太陽が鎮座ましていたので
こんな地下迷宮でとっても明るい
とてつもなく脱皮した暗闇も晴れてゆくんだ
10:
物質は言語に依存するんだよ、君
髭もじゃの大学教授は他界したことをみずから知らずして
こんな暗い道を上ったり下ったりする
毒を盛られた王族みたいな長靴を履いていた
ふしだらで困りますのよ
と、恥ずかしそうに娼館の女主人はメロンばかり食っている
おどけすぎな気がしないでもないが
ぞぞっ
ぞぞっ
どおして背中を幽霊が滑ってゆく
山羊は地下世界の生活にすっかり慣れてしまって
あんなに巨大な翼を生やしてしまった
濡れた肩をぜいぜい揺らしながらも
自重で潰れていく運命にあるのです
天体の運行見や星座占いばかりの車掌がどこからともなく
流れながらデスメタルをくちずさんでいる
11:
聞こえるように聞こえないように
遠ざかったり近寄ったりする大祭の声が
大地の底まで続く階段の踊り場には澱んでいた
ふと
天井は綺麗に発光して
雨傘のようなキノコを投げてよこした
獣牙ばかり散乱する地底世界にはもってこい
との判断の末、同行者はアンモナイトに決まってしまった
かけら
次の十字路を左に曲がり
はるか向こう岸に見える神社の境内を通りなさい
や、や、や
旅行案内の充血したウサギが吐き捨てた言葉である
まだ産まれてこない兄さん
惑星は残像を残して素早く裏返ってきた
だけどそのときには
めまぐるしく変わる自然を見ることはできないでしょう
反省しきりです
いつの日か沈潜し、次は神社を見に出かけよう
12:
食虫植物の繁茂帯をこえ
綿のはみだしたヌイグルマーに出会ったのだが
どうやら盲らしい
焼けた線路がここまで続いて困った顔をしていた
わたしは神主さんに会わなければなりません
と言うと
海辺と高山には霊気がたちこめているのだよ
まさしく大火事のようなのだよ
しかし世界の運行にはなんら関わりを持っていないのだよ
などという呪文を唱えはじめた
とても無礼であると思う
呪術的な空が広がるこの世界であるからこそ
目を閉じて二酸化炭素を吐き出してみてもいいのではないか
本当の美術はそんな物象にすら隠されている
うたうたいのみなさん
短い発音を忘れるとは何という愚か
いつの間にか烏帽子をかぶった天狗が舞い降り
こんな光ばかりの目を持っていてはいけないぞ
わたしの目を毟り取っていった
顔にあるふたつの空洞
ここにジワジワと黒い眼球が生まれて
それからわたしは地下を歩くことを正式に許された
13:
花も風も夢も破れて飛んでいった
今、歩きながら黒いページを読み耽っている
きっと神社は通り越してしまったのか
鏡は魔界の風景で満たされ
暗い化け物どもが蠢くのはどこの世界だろう
耳の奥で
誰にも気付かれないように車軸がスローモーションする
14:
神隠し月報という雑誌を売る男の横を過ぎるとき
売り上げが入っているであろうツヅラをスってやった
(今頃、あたふたしてるかもね)
と、惑星からはるか離れたこの世界に雨が降る
あっちの街では今日は冬
むこうの街では今日は夏
わたしの歩く洞窟はいつまでたっても梅雨である
なによりの証拠として
ひょろりと長い触角が生え始めているようだ
チョウチンアンコウ
先端に電気ミカンをくっつけていらっしゃるかも
そおいえば踏み切りの音も聞こえてきた
数十秒の儀式が開始され
その隙にも轢死体は焼却場へと連れ去られている
この輪廻は不死
15:
目は望遠鏡
天体観測師すら怯える彗星群がある
気にせず入った路では
破れた腹をしきりに気にする節足類ども
どの顔も井戸から引き上げられたようにモノクロで
そんなに月光浴をしてどうするのだろうか
してやったり!
息衝く森、青く燃える苔に顔を埋めて
繭玉に包まれて酸を吐き出しつづけるということもある
ガラス
そしてまだ長い下り坂
虫どもの羽を破り散らす男がいて
「これでお歯黒を作れば高く売れるでごんす」
横顔はやはりそれらに似て
頬は真っ青に破裂しかけて
16:
しかし地底湖というものも見つけてしまった
生まれてこなかった胎児が群れなして遊ぶ
が、否、どう見ても血まみれの姿
眠りつづけることは難しいことであるのだろうね
父さんと母さんはどこへ行ってしまったのだろう
ユウ君?
瓶には夜を集めて行かなければね
墓石すら水晶に侵されていて
どんなにしらばっくれても無駄です
シュノーケル
十円紙幣に印刷された世界が発光する
また今日
色褪せた衣服のたぐいは燃やしてください
地下にはそおいうことわざも通用せず
ああ、青褪めた静脈の中を走る電車
17:
ひとつの目
わたしにもお歯黒をほどこしてくださった
泣こうとするけれども
目は地下の瘴気を浴びつづけていて
何よりこの目には黒い部分がかなり増えている
バクテリア?
ばくてりや
生きていても死んでいてもどうでもいいのだが
しかし狂うな
神社の境内には石の花が供えてあった
とてもギロチンを愛したいと願って
ここはそろそろ原っぱになりそう
18:
父さん
いつまでも分解する男はやはり標本にされていた
誰もがすべて疲れ果てて
駅弁すら売ってくれなかったですし
お祭はどこかの海辺で行われていたようですよ
異邦人の催し物 「燃える御神楽」 が人気だったようです
原っぱ
清々しい夜ばかりが跋扈していた
神社は燃え落ちて防空壕に整理整頓されていた
ギタル弾く男は
弁髪を振り乱して周辺住民を噛み殺していた
指を離します
息が苦しいこともない
指を離します
指を離します
指を離します
19:
ラジオ
黄泉からの風笛
林檎が乱れ落ちる
落ちて燃える
緑の月が昇る
ここには誰もいない
倒壊した電車
捨てられた建築物
蔦と
蔦と
蔦と
飛びつづけるカラス
20:
シャーマンの足跡が残されている
下水道みたいな晴れ
ここには誰もいない
ユウ君
ユウ君
息をしてはいけない
指を離します
黄泉
カラス
キレイ
「痙攣」へ