ひひばばさまの上着

 
  むかしむかし(いつだったかは忘れてしまったけれど!)
  犬、猫、鼠たちが群れをなして
  仲良く暮らしていたころのことだ、
  あるところ、あるところに……

 

 プラタイオーロという名のみなしごがおりました。プラタイオーロはのろまで夢見がちで、へんてこりんなやつだとみんなから思われていました。プラタイオーロは戸口から戸口へと物乞いをしてまわっていました。そんなとき薪割りや水汲みを手伝ったりしたので、いつも主婦や女中たちから親切に迎えられました。そして手伝いをした代わりにスープをいっぱいもらっていました。けれどもプラタイオーロが十八歳になると、まわりのひとたちは以前よりも冷ややかになって、働きもせずにぶらついていることを咎めるようになりました。
 そこで彼は故郷を離れて世界中を冒険することにしました。
 彼には同じ乳で育てられた義理の妹がおりました。お別れを言いに行くと、チクラミーナという名のその義妹はこう言いました。
 ――ささやかだけれど贈り物があるの、わたしの形見にしてね。わたしはお金持ちじゃあないし、なにかすごいこともしてあげられない。代わりに、ちょっとくたびれちゃってるけど、わたしのおばあちゃんのそのまたおばあちゃんの上着をあげる。魔法使いだったそうよ。
 プラタイオーロは微笑みましたけれどがっかりしたような表情を隠せませんでした。
 ――ああ兄さん、どうかわたしの贈り物を蔑まないで。きっとあなたが思ってもみないほど役に立つはずだから。ただその上着を地面に広げて願いごとを唱えるだけで、その願いは叶うのよ。
 プラタイオーロは贈り物を受け取り、チクラミーナを抱きしめると、そこから立ち去りました。日が暮れたころ、おなかが空いてきました。けれども食糧もお金も持っていませんでしたから、不安な気持ちになってきました。奇跡の織物のことをほとんど信じていなかったのです。
 けれどもひとつ試してみたくなりましたので、それを地面に広げて願いごとを唱えました。
 ――ひひばばさまの上着よ、鶏の丸焼きをください!
 すると鶏の丸焼きの姿が、はじめほんとうにうっすらと透き通ってあらわれ、だんだんはっきりしっかりしてきてふつうのこんがり焼けた鶏肉のようになり、ついには美味しそうなにおいがあたりに広がりました。
 プラタイオーロは魔法を怖がって触れることもできずにいました。けれどもしばらくすると、かがんで手のひらで軽く触ってみて、手羽先をもぎとり、口へ運びました。
 本物です。しかも素晴らしく美味しいのでした。しばらくするとプラタイオーロはブドウのパイをひとつ、魚料理をひとつ、それからキプロス産のワインを一本お願いしました。
 どれもみな奇跡の上着のうえにうっすらとあらわれはじめ、だんだんはっきりしっかりした本物になっていくのでした。
 プラタイオーロが草の上に座って静かに食事していると、その様子をひとりの物乞いが街道から黙って物欲しそうにじっと見つめていました。
 ――やあこんにちは、よかったらあなたもいかがですか?
 その年老いた物乞いはお辞儀もせずにこの食事に加わりました。
 けれども料理が魔法のようにあらわれるのを見ると、老人はどうか自分にその魔法の織物をゆずってくれないかと言っては頭を下げるのでした。
 ――代わりにわしのこの杖をやるから、お願いだ。
 ――けれどそいつで何ができるっていうんです?
 ――わしのこの杖の力を知ったら、あんたは喜んで交換してくれるだろうよ。この杖には何千という小さな部屋がついておってな、ひとつの小部屋につきひと組の騎士と騎馬が入っておるんじゃ。助けが必要になったらこう叫べばよい、全軍出撃! とな。
 プラタイオーロはいつも将軍さまになるのを夢見ていましたから、その誘惑にはあらがえませんでした。そうして交換に応じると、また歩き始めました。けれども数時間と経たないうちにまたおなかが空いてしまいました。
 ――おなかがすいたなあ、でももうあの魔法の上着はないんだ! 胃のなかが空っぽになっちまったときにゃ、その軍隊とやらは役立たずじゃないか。
 どんどんひもじくなってきたので、プラタイオーロは気を紛らわせるために大地に杖を突き立てて号令をかけました。
 ――全軍出撃!
 すると杖のなかからざわざわという音がして、その表面に小さな扉がたくさん開いたかと思うと、ひとつひとつの扉からミツバチのようにちっぽけな何かが飛び出してきました。それから瞬く間にみんなぐんぐん大きくなっていって、たちまち奮い立つ騎馬に乗って鎧をつけた騎士たちがあたりにひしめきました。
 プラタイオーロは何か思いつきました。
 ――ひひばばさまの上着を取り戻せ!
 全軍は全速で出撃し、地平線の彼方へ見えなくなってしまうと、まもなくあの奇跡の織物をたずさえて帰ってきました。
 ――全軍帰営!
 プラタイオーロは杖を大地に突き立てました。騎馬と騎士たちは縮みはじめ、瞬く間にミツバチのようにちっぽけになって、杖についている無数の小部屋へとふたたび入っていきました。そして小部屋が閉じてしまうと、杖の表面にはもう何のあとかたも残っていないのでした。
 プラタイオーロは幸せな気分でした。ふたたび歩き始めると、やがて水車小屋にたどりつきました。
 粉屋の主人が戸口のあたりにいて、フルートを吹いていました。そのまわりで奥さんと九人の娘たちが踊っていました。プラタイオーロは、近づけば近づくほど、むしょうに足を動かしたくてたまらなくなるような気になりました。それから、わけのわからない力に囚われて、そこで踊っているひとたちと一緒に踊りはじめてしまいました。
 そのうちに、粉屋の奥さんが踊りながらも怒り狂ってこう叫んでいるのが聞こえてきました。
 ――もうたくさん! いいかげんにして! ひとでなし! むりやり踊らせるのをやめてあたしたちにパンを食べさせてよ!
 それから自分たちと踊っていたプラタイオーロのほうを向き直ってつづけました。
 ――ご覧になりまして? この悪党亭主ったら、あたしたちがおなかを空かせてるってのに、あの忌々しいフルートを離しゃしないで、あたしたちをむりやり踊らせてるんですよ!
 粉屋の主人が満足したころそのフルートを吹くのをやめたので、奥さんと娘たちとプラタイオーロはめまいのする輪舞から解き放たれてくたくたになって倒れ込みました。プラタイオーロは力を取り戻し、ひひばばさまの上着を広げると、みごとな食事を用意させました。そして粉屋の主人と呆然としているその家族を食事に招待しました。そのひとたちが頭も下げずに席について食後のデザートまでたいらげると、粉屋の主人がこう言いました。
 ――おれにその上着をくださいな、代わりにこのフルートをあなたにあげますから。
 プラタイオーロは交換に応じました。このあとすぐにやるべきことをとっくにわかっていたのです。
 さてそのとおりに、その村から十マイルほど離れたところへやってきてから、あの幾千もの騎士たちをやって奇跡の織物を取り戻してこさせました。
 ――これで上着、杖、フルートが手に入ったわけだ……これ以上欲を出さないほうがいいだろうな。
 日が暮れたころに街へたどりつくと、折しもたいへんなお触れがひとびとを沸かせているところでした。どうしようもなくふさぎこんでしまっているばかりのお姫さまから憂鬱な気分をすっかりはらいのけることのできる者がいたならば、ほうびとしてその者をお姫さまと結婚させるというのでした。
 プラタイオーロはすぐに王宮に参上しました。王さまは盛大な夕べの宴を開いてトルコの大王からの使者たちをもてなしているところでしたが、見知らぬ者がお姫さまのことで申し出てきていると聞いて、ただちにプラタイオーロを連れてこさせました。プラタイオーロはとても大きな広間へ入ったとたんに黄金や数々の宝石の輝きに目のくらむ思いをしました。
 食事の間には五百人あまりが座っていて、奥には王さまとお妃さま、それからお姫さまが見えました。お姫さまは美しく、物思いに沈んでいる様子で、まるで百合のように血の気の失せた真っ白な顔色をしていました。
 プラタイオーロは、居合わせたひとびとの気づかないうちに、下男にお姫さまの両足を縛らせておいて、部屋のすみっこに身を隠したうえで、あの調べの冒頭をフルートで吹き鳴らし始めました。すると居合わせたひとびとのなかからたちまち興奮が沸き起こり、ひとびとの両足がぶるっと震えました。まもなく全員が思いがけなく立ち上がって椅子を避けたかと見えると、びっくりしたようにお互いの顔を見合わせながら踊り始めます。
 大公たち、太鼓腹の大使たち、領主たち、敬愛すべき肥えたその夫人たち、召使いたち、さらには猟犬、クジャク、詰め物をされて黄金の皿の上に載せられたキジまでもが、みな生き生きと動き、あらがえずに踊り出したのでした。
 ――やめてくれ! いい加減にしてくれ! お願いだから!
 年老いたひとたちや太っちょのひとたちがそう言いました。
 ――つづけてくれ、どんどんつづけてくれ!
 うら若いひとたちが手と手をとりあいながらそう言いました。
 椅子に両足を縛りつけられていたお姫さまは、なんとか立ち上がろうともがいては他のひとびとを見つめ、喜びを隠しきれないように笑いました。プラタイオーロがそろそろいいかなという気になってきて演奏を止めると、五百人あまりの踊り手たちはへとへとになって椅子やじゅうたんに座り込みました。ご婦人にあっては靴が脱げたりかつらが落ちたりしていました。お姫さまは一刻ほど笑いつづけて、やっと話せるようになると王さまに言いました。
 ――父上、このひとが私を元気づけてくださいました。私はこのひとの花嫁となります。
 王さまはそれを認めました。けれどもプラタイオーロはためらいました。
 ――私はふるさとに同じ乳で育てられた義理の妹を置き去りにしてきておりました。お日さまみたいに美しい妹です。私の幸せはすべてその妹のおかげなのです。どうか会ってやってくださいませんか。
 ――お行きなさい、そしてわれらのもとへ連れていらっしゃい。
 居合わせたひとびとがそう言いました。
 まもなく幾千もの騎士たちがあの杖の力で呼び出され、みなの驚くさなかにとても大きな広間を埋め尽くしてしまいました。
 ――ここへチクラミーナを連れてきておくれ、私の可愛い義妹なんだ。
 すると全軍は轟くような大音響をたてて広間という広間や階段という階段を通り抜けて王宮から出撃していきました。それからチクラミーナを連れて戻ってくるまでにはそんなにかかりませんでした。娘はたいそう美しかったので、ある大使がすぐにひとめぼれしてしまいました。そして同じ日に二組の恋人たちは結婚式を挙げたのでした。