童話・とりあう手




 ちびのトッドは兵隊にとられて戦争へ行きました。何年か経って帰ってきたときには、右隣に黄色い肌をした少女を連れていました。それからというものトッドはいつも少女と一緒でした。ちょっとがらの悪いともだちのジャックに誘われてビリヤードしに行ったときだって、台の上に背をかがめてキューをかまえてまさに玉を突こうとしているトッドのそばから、少女は離れませんでした。いいえ、離れることができなかったのです。トッドは戦闘で右足をなくしていました。そして少女には、左足がありませんでした。二人はお互いに腰の辺りで支えあって立ち、それぞれ片方ずつしかない足を交互に前へ出して歩いていたのです。
 はじめのころジャックは二人をずいぶんからかいました。やれトッドはロリコンだの、ちびとイエローモンキーは背たけもつりあってお似合いだの、思いつく限りの悪口を並べました。ジャックばかりでなく他のともだちまで、いまじゃ義足はひところよりハイテクで便利になってるんだし、金がないんなら二人別々に松葉杖でもつけばいいじゃないかと言いました。そんなとき、トッドはいつも黙っていました。そしてみんなの早口の外国語がわからずにとまどっている少女の顔を穏やかに見つめながら、低い声でひとことふたこと何かささやくばかりでした。なぜそうまでして一緒にいるのか、ともだちみんなが不思議がりました。
 ほんとうにいつも二人は一緒でした。少女が用を足すときだって、まずトッドがトイレのドアを開けてやり、背中を抱えて腰をおろさせ、外に出てドアを閉め、あとは少女がなかからコツンコツンと二度叩くまで待っているという具合でした。逆にトッドがシャワーを浴びるときには、腰かけの上に少女がトッドを座らせ、少女が出て行くとトッドは服を脱ぎ、浴び終わったら新しい服に着替えてからバスルームの扉を内側から二度叩きました。食事のときも、夜眠れなくて冷蔵庫に飲み物をとりにいくときも、勤め先にさえ二人は抱きかかえあって歩きました。戦争のせいで障害を負ったひとのためにお役所が特別に用意した職場で、二人は名物になりました。倉庫でそんなに重くない製品を飾りつきのきれいな箱に詰める仕事でしたが、ベルトコンベアで流れてきた箱にトッドが製品を詰め、少女が包装して、またベルトコンベアに乗せるというふうに、毎日働いてうまくやっていました。二人とも楽しそうに生活していました。
 けれど穏やかな日々はあまり長く続きませんでした。ある夜二人が勤めを終えて帰ってくる途中で、横断歩道にさしかかりました。二人で二本の足を持っているとはいえそんなにはやく歩けませんでしたから、青になったらすぐに歩き始めるように心がけていないと、せっせと歩いているうちにいつ信号が赤になって危ない目にあうかわかりませんでした。その夜も二人は気をつけていたのですが、同僚に誘われて食事に行ってから、いつも通らないルートで帰宅していました。そのせいで、横断歩道が長すぎたことに気づきませんでした。
 気がつくと白い天井がありました。からだがあちこち動きません。左隣にもうひとりのからだがないことにも気づきました。ジャックが青ざめた顔をして覗き込んできました。「とっど、ドコ?」少女はまだ慣れない外国語でたずねました。ジャックは首を振りました。
 トッドのお葬式に少女は出られませんでした。まだ十分に快復していなかったからです。そのあいだジャックはキリスト様なんか反吐が出るとかなんとかわめき散らして、ずっと少女のそばにいました。おまえたちがはねられたとき、偶然かどうかわからないけどトッドはおまえをかばうように下敷きになったんだ、それでおまえは地面に強く打ちつけられずにすんだんだ。おまえが生きてるのはやつのおかげなんだぞ、という意味のことをジャックはできるだけゆっくり、簡単なことばを選んで何度も繰り返し言って聞かせました。しまいには伝わったのかどうか、少女はうっすらと涙を浮かべていました。そして片言でこう言いました。「とっど、バクダン、シカケタ。ワタシ、ソレ、フンダ。」それだけで、ジャックにはすべてがわかりました。二人がなぜ片時も離れなかったのか、とりわけトッドがともだちから、とくにジャックからどんなにひどくからかわれても、少女を放そうとしなかったわけが。その日からジャックは毎日病院へやってきて、なかなか通じないことばで少女を励ましつづけました。
 数ヶ月後、少女は退院できることになり、故郷のある国へ帰る準備を始めました。ふるさとはまだ戦争の爪あとがひとびとを苦しめていて、だいいち片足しかない少女を貧しい家族があたたかく受け入れてくれるとは限らない、だからもうしばらくこっちで暮らしたほうがいい、そういってジャックは引き止めました。けれど少女はききませんでした。「アリガトウ、デモ」それから先はジャックに理解できる言葉にはなりませんでした。ジャックは自分こそが外国語を話しているようだと思いました。ジャックは辞書を持って少女と会うようになりました。
 出発の日、空港までジャックは見送りに行きました。二人は黙りっきりでロビーに並んで座っていて、フライトが近づいてもひとことも発しませんでした。少女は正しい答えを探すかのようにジャックの辞書を一生懸命めくっていましたが、ジャックにはどうしてやることもできませんでした。ついに時間になってしまったので、ジャックは少女を立ち上がらせました。少女は辞書をジャックに渡して、何かあきらめたような顔でこう言いました。「ワタシ、とっどノアシ、ホシカッタ」それだけ口にすると、片足の少女は松葉杖をついて、搭乗口に向かってひとりで静かに歩き始めました。