I

一羽の鳥を思い描こうとすれば
空が広がるだけ
誰であれこの無限に耐えきれない
だからうたったのだ おまえは

砂漠をゆく影を塗ろうとすれば
旋律が流れ出すだけ
誰ももとの歌詞を思い出せない
だからさらわれゆく砂粒のように

ただ思いつく言葉を乗せれば
愛している
そうくりかえすだけ

くりかえすほどに 手をのばして
風の傷口をふさごうとすれば 見えない鳥は
愛しているよ 愛しているよとくりかえすだけ



II

埋めた場所を覚えているか
まだ骨の際立たない小さな両手で
そっと拾いあげたときの息遣いが
その休息を遮ることはないか 知らず
 
尋ねた相手を覚えているか
送り方どころか その問いかけ方も知らず
ただこぼれそうな瞳いっぱいに
差し出した疑問符の向きを覚えているか
 
いつまで眠っているのか なぜ
動かなくなったのか どこへ行って
しまうのか いつか自分もたどりつくのか
 
それでもどうしてあらそいあうのか その問いを
忘れたか 埋めた場所を
空と 小鳥と おまえのこころ



III

ランナー あるいは破裂する風船
影をつかまれないよう夜明け前に
飛び立つ鳥たち その霧散よりも速く
夢見る少年にはまぶたがなかった

蜃気楼 あるいはパントマイムする手のひら
透明人間の存在に関する証言の
不可能性 その沈黙のさらに彼方で
明日が繰り返し思い出されている

重力 あるいは両手を縛られた巨人
一度も見たことのない壁の向こうを
描こうとする衝動 あるいは両眼を隠された恋人

あるいは不可視の帝国 あるいは砂に濡れた馬賊たち
帰るべき場所を探してさまよい 見つからないまま
いつの間にか日没に溶けている影 あるいは きみ



IV

ファニー ぼくはきみの隠語
ダンボール箱にぎっしり詰まった毎日の
隙間にも入らない一冊の書物
 
ファニー ぼくはきみのはなうた
自転車で走りながら口ずさんでいても
ひととすれちがいざまに訪れてしまう沈黙の裏側
 
暴れ出したい気持ちを抑えるためには
どんなことを言い聞かせればいいの
呪文のことばを知っているのなら
それをきみの敵にかければいいのに
 
ファニー ぼくはきみの物語に登場しない
側溝を流れていくいくつもの死体の行き先
ファニー 忘れなぼくは何も支えない
きみが世界と呼んで押しつぶす非在のほかには



V

どれだけの地図を煙草の巻紙として
両の肺に吸い込んできたのかおまえは
分断され気体化するふたつの社会を
血脈という無根拠な流れに取り込んで

どれだけの論争を清涼な氷として
奥歯で噛み砕いてきたのかおまえは
粉々になり液体化する歴史記述を
自らの熱とともにただ排泄するために

おまえは爆発を抱いているのではない
おまえは爆発そのものだ
回りながら焼け落ちてゆくもうひとつの太陽

八千年前の貝塚の位置も思い出せない者たちが
おまえを地中深く埋める だが永遠の朝が来れば
ああどれだけの時計を止めて回るだろうおまえは



)

私たちは多数だ。私たちは危険人物の名簿に登録されるためではなく、いつかほんとうに呼ばれるために、いま自らの名前を隠している。私たちは私服刑事のビデオカメラとマイクに撮影、録音されるためではなく、いつかほんとうに見て、聞かれるために、いま自らの顔と声を隠している。インターネットの書き込みの裏側に、プラカードのかげに、拡声器の向こう側に、私たちはいる。その私たちはあなたがたなのだ。私たちはあなたがたと同じようにどこにでもいるふつうのひとびとだ。あらゆる地域のあらゆるひとびとのなかにいて、さまざまな言語を話し、とりどりの色を肌にまとっている。私たちは、権力を持つ者が大きすぎる声で威勢よく野蛮を語るとき、忘れられ、苦しめられ、押しつぶされているひとびとであり、つまりあなたがたのことだ。私たちのプラカードに隠れているのは、蔑まれた女性たちの顔、見捨てられた街や島の住人の顔、ひとを殺して国のために死ぬよう命じられる兵士の顔だ。探してみればいい、明日に不安を抱く子どもの顔、搾り取られ続けている労働者の顔、自らの言論や芸術のせいで両手を戒められる学者や芸術家の顔を。権力者によって名前を呼ばれず、顔を見つめられず、声を聴かれず、ただ数としてのみ数えられるひとびと。そのひとびとは私たちであり、あなたがたなのだ。

(



VI

しばられた手は
いつも祈るかたちをする。前へ、
上へ、無を供物として差し出す者がたとえ
もはや何も信じてはいなかったとしても。
 
うなだれた顔に
垂れる髪が隠す眼光。奥を、
闇を、白く睨みつける者がたとえ
もはや一切の視力を失っていたとしても。
 
引き裂かれた空。疑問符を
すべて垂直に引きばしていく狂気の
正午。断言のみだ。問いは許されていない、
 
ふさがれた口。砕かれた骨。破られた
皮膚。開かれた傷。にじみでる血。あふれだす
声。歌いはじめるおまえ。たとえ嗄れた喉だとしても。



VII

なきごえだ 聞こえないか
そう おまえもみどりごのころ
夢のあと世界に耐えきれず
母を探したろう 思い出せないか

またなきごえだ 聞こえないか
そう おまえもおとなになり
目覚めてもなかずにいられるようになって
何を失ったろう 思い出せないか

決して帰らないものを待ち
決して行かないところを思い描き
一度も見たことのない壁の向こうを見通しながら

帰るべきところを探してさまよい
見つからずともいつのまにか帰りついてしまうと知った
ああおまえ いきもののうたごえだ 思い出したか



VIII

右半身だけコートを着て、外を
駆け抜ける冷気から身を守り、
うずくまったまま半ば分け入る夢の森。
速度に脚をとられないよう、音を

聴いていた。ふたりでは未踏。
左手を預けて、何も描くつもり
がなくとも像を結ぶガラスの曇り。
誰かがひとりで何度もなぞった跡を

見つめながら、イヤホンに夢中なふりをして
ずっと静かな寝息を聴いていた。
運転手たちによって引かれる線、線、線。そして

交通情報から想像される未来の道を隠して、
はるかに立つきみの父に雪が降り始めていた。
左半身はきみと区別しがたくなっていた。



IX

それからきみはじっと黙っていた
風の吹き込む方角を向いて
目を開かないでいようとしていた
手をいっぱいにひろげて
 
それからきみはずっと待っていた
うたの聞こえてくる方角を向いて
うたわれているのはきみではないのを認めていた
耳にはまぶたがなかったから
 
すべてが閉ざされてしまっても
音楽に決して夜は来ない
この心臓がこの生をひそかに叩きつづける限り
 
うたわれているのはきみではないが
確かにきみの声も残響しているのだと知ったそれから
きみはなおも手を伸ばすのだ 力の限り



0

風が終わり また風が終わった
過ぎゆくものをいっぱいに受けて
遙かな帝国の瓦礫に立ちつづけたあの支柱から
とうに旗は奪われて ただはためきだけが残像する

歌が終わり また歌が終わった
生まれ来るものをひととき抱きしめ
近しい寝台の上へと運びつづけたあの夜の母から
とうに声は失われて ただ息継ぎだけが残響する

刹那が終わり また刹那が終わった
ここに両手を広げて、きみは
千年が終わり また千年が終わった

ここに両手を広げたままで、
無限が終わり また無限が終わった
きみはここに両手を広げたままで 愛している