記念日
 
 
 花の枯れたくらがりで歌はうたわれた。ひ
かりを投げかけてそれは、ちからない枝のあ
いだからある都市を照らしだした。切り取ら
れた砂の、赤鉄のにじんだ建物の林を抜け、
枯葉と死体を踏み越えて

           声は響いた。文明と
いう言葉のなかにはじめて陰を見つけたのは
誰だったか。暦とともに失われた生活もあっ
たろう。時間はどこまでも等質ではなく、そ
れはたとえばあなたとわたしの、歩く姿に、
これから離れ続けていくふたつの影に、ある
霧の夜、ふと垣間見ることができる。見えな
くなるほど見えるようになる、それがこの季
節だ、くらがりがそこかしこに踊るようにた
まっているこの

       季節だ。流れ出たものは計り
知れない。赤か、黄色か、離れ続けていく影
のあいだを走り出す川は、やがてうねりなが
らふたりのあいだにあった意味という意味を
殺戮しはじめる。たくさんの支流を抱えなが
ら、わたしたちは契った。この都市の中心に
ある時計台の壊れたあとに、はじめて影たち
のそれぞれの物語が始まるのだ。誰にも妨げ
られない、ひかりもくらがりも関わらずに咲
き誇る花のための、わたしたちの約束を果た
そうと。その日付、その時刻、暦の失われた
あとにはもはや所在のわからないその魚を、
わたしたちの自由に

         帰そうと、いま無数の少
年が、屋上から都市の海へ、浮かべられる、
歌は

  うたわれた。一羽の鳥が死んだ。その鳥
のなかから、何千もの芽生え、そこから木が
林が森が、ひとびとの都市のかたちが、影を
落としながらやがてはばたきはじめる。水平
線はもつれ、蜘蛛の巣はただ一本の線になり、
どこまでも延びていく、声の及ぶ限りの、咲
き乱れる花のひろがり、舌はもう言葉のため
にはなく、吃音のくるしい愛撫のために。影
は遠ざかる。あなたとわたしの、もはや訪れ
ることのない、比喩の、会話の、川に分かた
れた、あの日の満たされない食卓の、空。