Caution


 誰もがそれとなくみがまえていた。真ん中のところからドアが二つに割れはじめてもまだ動かなかった。けれど完全に開ききる前に、裂け目にいちばん近い者が最初に外へ踏み出した。それから前の者の背中を追いかけて次々につづいた。いつドアが開ききったのか誰も見ていなかった。
 ひとびとに紛れてぼくもまたホームへ降り立った。階段のある方角はわかりきっていた。そちらへ向いて、迷うことなく進んだ。
 突然耳がはじけて、背中のほうへからだじゅうの筋肉が電撃的に縮んだ。一瞬だった。なにかが破裂したと思った。でもぼくのからだではなかった。あたりを見回す前に、若い声が背後から聞こえた。
「バッカ、……」
 振り返ると、制服を着た少年が、笑いながらもうひとりの連れの茶色いあたまをぱしぱし叩いていた。叩かれているほうの足元ではコーヒーか何かの紙パックがぺしゃんこになっていた。場違いな笑い声。足を止めて見つめていたひとも少なくなかったが、すぐになにごともなかったかのようにそれぞれの歩みに戻っていった。
 いつの間にか肩の緊張はほどけて、ふたたび階段のほうへ歩き始めていた。乗ってきた電車はもう走り去ろうとしていた。ひとであふれていたので、黄色い線の少し外側を進むしかなかった。肩より数センチ右側に流れる窓があった。乗客の顔は見えなかった。電光掲示板には文字が――戒を強めています。駅構内や車内で不――と表示されて、右から左へ流れていった。あまりよく読まないうちに残りのすべての窓が流れ去った。前髪が揺れたような気がした。それから電車の最後尾の明かりが暗闇へゆっくり吸い込まれた。相変わらず黄色い線の外側を歩いていた。電光掲示板はもう何も表示していなかった。がらんとしたレールに目をやって、あぶないな、と静かにつぶやいた。